『ウクライナ戦争は米英の長期戦略』

2022年3月31日

  ロシア軍は224日にウクライナを攻撃し始めるが、その直前、ウクライナの軍、あるいは親衛隊はドンバス(ドネツクとルガンスク)に対する攻撃を強めていた。OSCE(欧州安全保障協力機構)によると、217日にはウクライナ側からドンバスへの攻撃が激しくなり、18日、19日とエスカレートしている。

 その前からウクライナ側は停戦合意を守らず、ドンバス周辺には親衛隊のほかアメリカやイギリスの特殊部隊やアメリカの傭兵も集結、攻撃態勢が整いつつあると言われていた。そうした中、アメリカ政府はロシア軍が偽旗作戦を目論んでいる、暗殺リストを配っているなどと宣伝している。

 ロシア軍と戦っているウクライナ側の主力は親衛隊のようだが、この戦闘集団は内務省の指揮下にあり、隊員はネオ・ナチが中心。ネオ・ナチは自分たちを「民族主義者」、あるいは「愛国者」と呼んでいるが、どのようなタグをつけようと、ネオ・ナチであることに変わりはない。

  バンデラは1920年代からOUN(ウクライナ民族主義者機構)の幹部だった人物だが、この組織は413月に分裂、反ロシア感情の強いメンバーがバンデラの下に集まった。これがOUN-Bだ。 このOUNBをイギリスの情報機関MI6のフィンランド支局長だったハリー・カーが雇う一方、ドイツが資金を提供し、バンデラの側近だったミコラ・レベジはクラクフにあったゲシュタポ(国家秘密警察)の訓練学校へ入っている。

 ナチスやOUNBの背後には「インターマリウム」という計画が存在していた。バルト海とエーゲ海に挟まれた中央ヨーロッパにカトリックの帝国を作ろうというもので、その発想の源はポーランド・リトアニア連邦の1600年頃の領土にある。この構想に参加していた。

ローマ教皇庁の一部は第2次世界大戦の終盤、アメリカ支配層の一部と手を組んでナチの高官や協力者を逃走させ、保護する工作に加わっていた。 この計画はイギリスの長期戦略にも合致する。イギリスのハルフォード・マッキンダーという地理学が1904年に発表した世界制覇プランは海軍力を使ってユーラシア大陸の周辺部を支配、内陸部を締め上げ、最終的にはロシアを制圧するというものだった。ロシアを制圧するため、その西側にイギリスの支配地域を作るとしているが、それがインターマリウムと重なるのだ。

 日本では無視されているようだが、世界的に見るとマッキンダーの理論は今でも生きていると考える人が少なくない。締め上げるタガの東端が日本。タガの上にイギリスはサウジアラビアとイスラエルを作り上げた。

  19811月にアメリカ大統領となったロナルド・レーガンは826月にローマ教皇庁の都市間でヨハネ・パウロ2世とふたりで会い、ポーランドや東ヨーロッパについて話し合い、ソ連の解体を早める秘密キャンペーンを実行することで合意した。その目的を「神聖ローマ帝国」の復興と表現する人もいた。

 19811月にアメリカ大統領となったロナルド・レーガンは826月にローマ教皇庁の都市間でヨハネ・パウロ2世とふたりで会い、ポーランドや東ヨーロッパについて話し合い、ソ連の解体を早める秘密キャンペーンを実行することで合意した。その目的を「神聖ローマ帝国」の復興と表現する人もいた。