『国を売り始めたかエジプト』

2019年5月 3日

 シーシ氏が大統領に就任して以来、エジプトは新たな希望が見えていた。しかし、時間が過ぎるに従って、実は情況は悪化しているのでは、ないだろうか。経済がいまひとつ、上手く動いていないのだ。

 IMFという悪名高い高利貸しから、融資を受けて国の経済を、立て直そうとするのだが、それには厳しい条件が突きつけられ、国民への補助金などは、次々とカットさせられるようになった。

 述べるまでもなく、それは国民の間に不満を、生み出していくことになるが、その情況を改善する策は何もない。それでエジプト政府はいま、売れるものは何でも売り、借りられる金は、何処からでも借りる、という方向に動いているのではないのか。

 最近話題になっているのは、国営銀行のアメリカ企業への売却であり、中国からの融資を受けるべく、一帯一路への参加だ。外国企業がエジプトの銀行を抑えれば、経済を押さえられるのと、同じことであり、中国の一帯一路に参加して、金を借りるということは、国を売るようなものではないのか。

 何年かして、エジプト国民が気が付くのは、相当部分の経済が、外国企業に握られている、ということではないか。観光地も観光資源も、その対象になろう。気が付いたらエジプトの誇るピラミッドは、外国の所有になっていたという、笑えない話しが現実化しているかもしれない。

 何故こうまでも、エジプトの経済が追い込まれたのかといえば、貧富の差の拡大と、政府の援助の削減、国防費の増大などがあるのではないか。気の毒なのはエジプト国民であり、彼らがまともな生活をしたければ、外国に行くしかあるまい。しかし、そこでは3級市民、とても人間としては、見なしてもらえないだろう。

 こうした現象は、第三世界の各地に見られる現象であり、世界全体がグロ-バル化していくなかで、貧富の差を大きくしているのであろう。日本国民も既にそうなっているということに、日本国民は気が付いて、いないだけなのであろう。

 不満を言わない去勢された日本人は、怒りを忘れ、自分の生活レベルを、どんどん落とし、貧しい生活を貧しいとも思わずに、生きている。それに耐えられなくなった者は、精神に異常を来たし、突発的な犯罪に走る、今後日本社会の中では、その種の犯罪は増えていこう。それはすでにエジプトでは起こっているのだ。