[ イマーム・ムーサ・サドル師は生存と娘』

2018年2月27日

 レバノンのシーア派の高僧、イマーム・ム-サ・サドル師がリビアで消えて以来、既に40年の歳月が過ぎ去った。

 彼は二人のレバノン人が同行して、リビアを訪問していた。一人はシェイク・ムハンマド・ヤアコウブ、もう一人はジャーナリストのアッバース・バドルッデーン氏だった。彼らは公式訪問者としてリビアを訪問していたのだ。だが彼らもリビアで消えている。

 当初、イマーム・ムーサ・サドル師は刑務所に入れられていた、という情報が流れたが、その後の彼については、全く情報が無い状態になっている。その結果、多くの人たちはイマーム・ムーサ・サドル師は、処刑されたのであろうと考えていた。

 しかし、ここに来てイマーム・ムーサ・サドル師の娘、ホウラ・サドル女史が『父は生きている。』と言い出したのだ。彼女に言わせると、生きている証拠の書類が出てきているし、彼は刑務所に収監されているはずだ、というのだ。

 イマーム・ムーサ・サドル師がリビアで消えた当時、リビアの首相はアブドッサラーム・ジャッルード氏だった。彼は1972年から1977年まで首相職にあった、カダフィ大佐に次ぐ実力者だった。従って、アブドッサラーム・ジャッルード氏はイマーム・ムーサ・サドル師が消えたことについて、知っているはずだ、と見なされている。

 アブドッサラーム・ジャッルード氏はいま、欠席裁判でイマーム・ムーサ・サドル師が消えた問題に絡み、有罪の判決を受けている。しかし、彼は1995年以来、表に顔を出さないようになっている。

 このイマーム・ムーサ・サドル師に関する問題が、レバノン国内で再表面化したのは、彼が消えて39年が経過した記念日に、シーア派の政治家ナビ・ベッリ氏が、彼について語ったことによる。それをレバノンのマスコミが、取り上げたことによリ、再度大きな関心を呼ぶようになったのだ。

 レバノン政府はこの問題を、調査をする方向にあるのだが,現在のリビア国内は、内戦状態にあるため、とても調査に入れる状況には無い。それでこの問題が放置されている、ということだ。そもそも、イマーム・ムーサ・サドル師はレバノンのシーア派ミリシアである、アマルを1974年に結成した人物であり、シーア派国民の間では、伝説の英雄という見方が、なされている。

 いまイマーム・ムーサ・サドル師の消息を調べる上で、最も有力な手がかりとなりうる人物は、カダフィ大佐の息子ハンニバルだ。彼は現在、レバノンの刑務所に収監されているのだ。

 イマーム・ムーサ・サドル師の娘、ホウラ・サドル女史の父親への愛が、この不可解な問題に、結論を出せるのであろうか。