NO:4793 12月2日 『ヨルダン王族追放は簡単なゲームでは無さそうだ』

2018年1月 1日

 

 突然、ヨルダンの国王の兄弟2人が、要職を解かれ、名誉将軍に降格された。この事に加え、親戚の一人もその職を解かれている。これだけでは、早期退職のような話に聞こえるのだが、事実はそうではないようだ。

 彼らは逮捕され、しかるべきところに拘留されている、可能性が高いのだ。要職から解かれた後、彼らの姿は誰も見ていない、ということであり、相当厳しい環境下に、置かれていることが想像される。

 実は、今回起こっていることは大分前から、始まっていたのではないか、と思われる。アメリカのトランプ大統領が、エルサレムをイスラエルの不可分の首都、と認めるに至った裏には、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子が絡んでいる、と言われていた。

 エルサレムはヨルダン王家の管轄化であり、サウジアラビアが将来について、勝手に決めることはできない、というのがヨルダン国王の、立場であったろう。しかも、エルサレムはイスラム教の、最初のキブラ(礼拝方向)でもある、イスラム教第三の聖地なのだ。

そして、このことに怒ったヨルダン国王は、トルコのエルドアン大統領が主催した、OIC会議に参加したが、そこにはサウジアラビアからも、アラブ首長国連邦からも、高官の参加は無かった。湾岸諸国から参加したのは、カタールだけであった。

 エルサレム問題を起因とする、アラブ王族間の対立は、トルコのOIC会議で鮮明になり、ヨルダン・パレスチナのビジネスマンが、サウジアラビアで一時期拘束される、という事態も生じている。

 多分、トルコのOIC会議の折に、トルコとヨルダンとの間では、サウジアラビアにどう対応するかが、話し合われたのであろうし、そこにはトルコの盟友カタールも、加わったのであろう。

 そう考えないと、これまでサウジアラビアの経済資金援助に、おんぶに抱っこだったヨルダンが、サウジアラビアに喧嘩を売るとは、思えないからだ。政治的軍事的にはトルコがサポートし、経済的にはカタールがサウジアラビアに代わって、ヨルダンを支援するということに、話が付いたからこそ思い切った対応が、とられたのではないのか。

 ヨルダンの二人のプリンスや親族は、サウンジアラビアやアラブ首長国連邦の皇太子たちと、極めて親しい関係にあったようだ。彼らの間では、ヨルダンのアブドッラー国王体制打倒の話が、出たのであろう。そうでなければ、今回のような強硬措置は採られまい。

 アブドッラー国王は自分の命運をかけた、勝負に出たということであろう。そして、この勝負にはアメリカも裏で、関係しているものと思われる。ヨルダンの王制を倒せば、あとはヨルダンをパレスチナ人の国家として、イスラエルはパレスチナ人を、ヨルダン川西岸地区から追放できるようになる、ということではないのか。

 ヨルダンの今回の王族逮捕劇は、いま始まったばかりであろう。これからが正念場ということか。その趨勢によっては、サウジアラビアの王家にも、影響が出て来よう。