1月1日の深夜、イスタンブールのナイト・クラブ・レイナで、内部にいた客39人を殺害し、65人を負傷させた犯人が、犯行後、イスタンブール市内にあるゼイトンブルの自宅に戻り、4歳の男の子をつれて、家族に別れを告げて出て行った、ということが警察の調べで分かった。
この犯人の名はアブドルガデール・マシャリポフ、コードネームはムハンマド・ホラサーニということが分かった。彼は最初、トルコのコンヤ市に、2016年の初めに妻と子供2人を連れて、移り住んでいた。その後、イスタンブール市のゼイトンブルに家を借りて、住んでいたということだ。
警察の取調べに対して、彼の妻は彼がIS(ISIL)の戦闘員であることを、知らなかったと語り、2016年12月31日に『さようなら』と言って出て行ったと語っている。犯人は犯行後タクシーで自宅に戻り、金が無かったので、知り合いのウイグル・レストランで働く友人に、払ってもらったということだ。警察はレストランのオーナーにも、事情を聞いたが『何も知らない』と返答したようだ。
この記事を読んでいると、警察が間抜けも間抜け、と言う感じがする。トルコではIS(ISIL)の関係者と思われる者は、皆リストに載っていたであろう、そして彼らは常時監視の対照に、なっていたはずだ。
それが犯行に及び、自宅に戻り、子度を連れて逃走するまで、分からなかったということだ。
実は昨日、トルコ・ミニッツというサイトに載っていた記事によれば、これまでトルコ国内で起こった、多くのテロ事件の裏には、エルドアン大統領がいて、MIT(トルコの情報機関)は犯罪の起こる前に、全く警察や検察に情報を、提供していなかったということだ。例え、情報提供が行われたとしても、それは数日前だけだったということだ。
このことなどを整理すると、以下のようになる。
1:ほとんどのトルコ国内のテロ事件には、エルドアン大統領が関与していた。
2:その事をMITのフェダンハカン長官は事前に知っていた。
3:テロが事前に知られると、MITは警察に動かないように指示していた。
4;テロ事件が起こると、犯人は現場で射殺するか逃亡させていた。
こうしたことがまかり通っていたのは、エルドアン大統領が7月15日のクーデター未遂後、多数の警察官、検察官を首にしたり、投獄したために、有能な人材はいなくなり、現場で働いていなかったということだ。
何故エルドアン大統領はテロを、自作自演したのかについては、自分の立場を強化するためであり、国民の彼に対する支持を強化するためであり、外国に対してはテロと戦っていることを、強調するためだ、と多くのトルコの識者は考えている。それが事実であるとすれば『大統領による犯罪』ということになるのだが。