『トルコ・アメリカ・イラクの戦争事情』

2016年10月23日

 

 イラクのモースル戦が始まってから、幾つもの各国の思惑が、明らかになってきている。なかでも、イラクとトルコとアメリカの思惑は、ぶつかり合っているようだ。

アメリカは当初、トルコ軍がイラク政府に歓迎されていないため、参戦すべきではないと主張していたし、トルコ軍はアメリカを主体とする合同軍のメンバーでもない、と冷たい対応をトルコに対して示していた。

しかし、戦況が複雑であり困難であるために、ここに来て、トルコ軍が参加してくれることを期待し始めている。アメリカの国防大臣がトルコを訪問し、トルコ軍の、モースル戦参加について討議し始め、その後、多分イラク政府に対して、トルコ軍が参戦できるように、説得しているようだ。

しかし、未だにイラク政府はトルコ軍の、モースル戦への参戦を認めていない。それは、トルコ軍のイラクへの侵攻意図に、疑問を抱いているからだ。トルコが何故モースル解放作戦に参加することを、強く希望しているのかが不明なのだ。

トルコは人道的な問題や、モースルが戦後に、人種のすみわけで問題が発生するとなどに、不安を抱いているのだ。つまり、モースルが解放された後は、シーア派が主体のイラク政府は、モースルに多数のシーア派教徒を移住させ、スンニー派やトルコマン(トルコ系住民)の割合を減らし、威圧するのではないか、と懸念しているということだ。

だが、イラク政府はそのトルコの主張を信じていない。トルコはイラク領土を奪うために、参戦するのだと考えている。確かに、トルコ国内ではオスマン帝国時代に、トルコ領だった、イラクのキルクークやエルビル、モースルなどを奪還すべきだ、という声が高い。

最近になって、エルドアン大統領がケマル・アタチュルクがヨーロッパと合意した、ローザンヌ条約を拒否し、その前にオスマン帝国が結んだ、セーブル条約が正しいのだと主張し始めている。そのセーブル条約では、イラクシリアなの領土の一部が、トルコ側になっていたのだ。

最近になって、トルコのマスコミやアラブのマスコミには、オスマン帝国時代の領土の地図が、掲載されている。かつてのオスマン帝国領土が、赤く塗られた地図が、出回っているのだ。

それはシリアの場合も同じだ。トルコはシリアのアレッポを、自国領土だと考えているのだ。したがって、シリア戦に本格的に参加した場合、戦後にはそこに、トルコ軍が居座る可能性が、高いということだ。

何事にも『ただ』はありえない。ましてや戦争は巨額の出費を伴うのだ。トルコがイラクやシリアの領土の一部を、奪取使用と考えても、不思議はあるまい。加えて、イラクもシリアも、湾岸からの石油やガスの、通過ルートであり、パイプラインが引かれるのだ。それに対する一定の影響力を持ちたい、とトルコは考えているのであろう。

アメリカはトルコ軍の参加に期待し、トルコもそれを望んではいるが、イラクが拒否しているのにはそうした理由があるからだ。