5月10日、突然ダウトール首相がシリア領内にある、スレイマン・シャー廟を訪問した。これはトルコの南東部で、選挙活動をしていたついでに訪問した、という軽いノリであったのだろうが、シリア政府は国際法違反だ、と非難している。
確かにその通りであろう。シリアの主張は正しいと思われる。いかなる国も人物も、他国に許可なく入ることが許されないのは、国際法の認めるところだからだ。それでは何故このようなことが、起こったのであろうか。
トルコ側、あるいはダウトール首相に言わせれば、シリア領土内に設置されていた、スレイマン・シャー廟は例外的に、トルコ領土として1921年の、トルコ・フランス合意で認められていた。
オスマン帝国のスレイマン・シャー大帝の墓があるということが、フランスがその例外を認めた理由だった。以来、シリア政府もそのことを認めてきてはいたのだが、今年2月に状況は変わった。
トルコ政府はIS(ISIL)などの、攻撃を受ける危険性があるとして、スレイマン・シャー廟の護衛兵と、廟そのものを守るために、他の場所に移転したのだ。それはシリアとトルコの国境を挟んで、200メートルばかりシリア側に入った、アレッポ県の一部である場所だった。
ダウトール首相にしてみれば、たったトルコの国境から200メートルの場所であり、そこにはトルコ軍の将兵が、廟の護衛に駐留している、という気楽さから、軍人を励まし、トルコ国民に国威の発揚を、考えたのかもしれない。
しかし、スレイマン・シャー廟がトルコ領土として認められているのは、あくまでも移転前の場所であり、移転に際して、トルコとシリアとの間には、何の話し合いも行われなかった。また移転後もシリア側が、そのことを認めているわけではない。あくまでも、トルコ側が一方的に、決めたことでしかないのだ。
今回のダウトール首相の国際法違反行為は、実はエルドアン大統領に対する挑戦だったのかもしれない。表面的には与党AKP内部には、何の問題もないように伝えられているが、実はエルドアン大統領とダウトール首相の間には、大きな溝が出来ているのだ。
エルドアン大統領はドイツを訪問し、ドイツ在住のトルコ人たちに対して、在外投票に参加するよう、呼びかけている。ドイツのカルスルーヘという街で行われた、エルドアン大統領の演説会には、14000人のドイツ在住トルコ人が集まったということだ。
つまり、ダウトール首相はエルドアン大統領に対抗して、選挙の運動のつもりで、スレイマン・シャー廟を訪問したのではないのか。結果的に国際法違反になってしまった、ということか。国際社会でトルコ非難が強まるなかで、今後このことが意外に尾を引くのではないか。