中東をある程度分かっている人にとって、シリアは独特の魅力と力を持つ国だ。そのシリアにあってとびぬけた色彩を放っているのは、首都ダマスカスではなく、北部の街アレッポなのだ。
東京のあちこちで見かけるアレッポ石鹸は、まさにこの地の産物なのだ。イラクやイラン、トルコなど、周辺諸国との交易が栄えた街でもある。それだけに、アレッポの人口は200万人に、限りなく近づいていた。
しかし、今回の内戦が始まると、多くの人たちが犠牲になり、町から逃れていった。周辺諸国との交易で栄えたアレッポの町並みは、いまでは見る影もない、がれきの山に変わってしまった。
私は残念ながら、このアレッポの街を一度も訪れたことがなかったが、友人のカメラマン吉竹さん(彼女は15年以上もシリアのベドウイン集落を訪れ写真を撮り、昨年その写真集を発行している。彼女の写した写真の中には、平山画伯が描いたような光景のものもある)。の語るところによれば、アレッポは宝石箱のような街だということだ。
アラブの街独特の長いトンネルのような商店街は、香辛料、ナッツ、乾燥果物、布地から宝石、そして、細密な金銀細工の小物などが並んでいるのだ。その一つを譲ってもらったのだが、銀でできた小物入れで、7センチ直径ほどの箱だった。
蓋がきちんと閉まるようにできていて、他のアラブではお目にかかれない、緻密なつくりであることに驚いた。もう一つは木の葉のデザインのブローチだったが、それも素晴らしいものだった。
シリアにはダマスカス織というシルクの織物もある、20代に買ったガゼルの柄の布地は、何処へ仕舞い込んでしまったんだろうか。シリアには素晴らしいものが沢山あった。そしてシリアは食べ物も、特別にうまい国だ。
それが町全体の破壊に始まり、特産物は燃やされ、一部の外国に逃れた人たちを除いては、職人も死んでしまったろう。戦争という愚かな行為が、一つの文化と文明を、完全に破壊してしまうのだ。
その愚かなことを仕掛ける人たちは、先進国の金持ちの、文化が分っている人たち、というのだから笑止千万だ。
アレッポよ俺はお前の輝くほどの美の時を見ずに人生を終えるのか。