ギュル大統領は穏健な人物であり、元はトルコ政府の外務大臣を務め、国際機関でも働いたことのある人物だ。それだけに、トルコのような力で押す政治社会にあっては、彼は一歩退いてきていたのであろう。
それが災いしてか、エルドアン氏が大統領に当選した後は、与党AKP結党時の重鎮であったにもかかわらず、冷たい対応をされ、大統領の職から離れ、与党からも離れている。
その後に彼に振って沸いた、1兆トルコ・リラ(TL)の疑惑問題では、検察の取調べまで受けることになった。これはエルドアン大統領が、自分の力を誇示するために、やったのではないかと思っていた。
しかし、エルドアン大統領が数々の納得の行かないことを、実行しているにもかかわらず、今回だけは検察が相当頑張り、事なきを得たようだ。
そもそも、『謎の消えた1兆トルコ・リラの行方』事件とは、1988年までさかのぼる古い話なのだ。リファー党というイスラム系の政党が、ネジメテイン・エルバカン党首に率いられ、政権を担当した当時、政党が政府から受け取った、1兆トルコ・リラの資金があった。
その資金の行方が分からなくなり、当時の権力者たちに疑惑が及んだのだ。もちろん、エルドアン大統領もリファー党の幹部であったことから、彼にも嫌疑が及んでも、何の不思議も無いはずなのだが、今回はギュル前大統領に、疑惑の矛先が向けられたのだ。
しかし、リファー党政権下でギュル前大統領は、外務大臣を務めており、与党内部の金に関しては、権限を有していなかった。そのことが明らかになり、今回は不起訴という運びになったようだ。
ギュル前大統領は嫌疑が消えた後に、検察が自分のことを取り調べるのは、当然のことであり、トルコが法治国家であるのだから、誰もがそれに従うべきだ、と語っている。このギュル前大統領の発言は意味深長だ。
このニュースが伝えられた同じ日に、エルドアン大統領の子息であるビラールの脱税のニュースが伝えられている。自分の持ち船をトルコではなく、マルタの船籍にして、トルコへの納税を回避していた、ということのようだ。
昨年12月に始まった、エルドアン大統領と彼の子息たち、そして閣僚たちの汚職疑惑は、エルドアン大統領が権力を振り回してひねり潰し、あいまいな状態にされたままになっている。
今回のギュル前大統領に掛けられた嫌疑は、エルドアン大統領の数々の汚職疑惑を、再度俎上に持ち出す、きっかけになるかもしれない。