中東に関心のない人には記憶にないだろうが、中東の現在にまで及び、常に問題の根源となっている条約がある。それがサイクス・ピコ条約だ。イギリスのマーク・サイクス氏とフランスのジョルジュ・ピコ氏によって作られた原案をもとに、オスマン帝国崩壊後の中東を、分割するという話だ。
驚くことに、この案はオスマン帝国が第一次世界大戦で敗北するよりも、6年ほど前から討議されていたというのだ。当時のヨーロッパの大国の恐ろしいまでの周到さを、感じさせるではないか。1921年の第一次世界大戦の終戦前の1915年頃から、イギリス・フランスは既に分割を、話し合っていたというのだから。
そのサイクス・ピコ条約で、中東の新しい国境が決められたわけだが、それはイギリスとフランスとの間で交わされた、勝手な国境線引きであったために、今日なお中東地域を、不安定な状態にしているのだ。
21世紀に入り中東各国が対立したり、内戦が頻発し始めると、世界の警察を自負するアメリカは、サイクス・ピコ条約を破棄し、新たな国境線を引こと思い立った。それがアメリカの退役海軍大佐ラルフ・ピーター氏によって発表された『新中東地図』だった。
今回の一連のアラブの春革命も、シリアの内戦も、その構想に則って進められているものだという判断に立つと、全体像が見えてくる。アメリカはもちろん、新たな中東の国境線を引くことを、自国の利益にも結び付けている。それはシリアの石油・ガス資源の独占であり、湾岸諸国からの石油・ガスの、地中海への搬出だ。
シリアには地中海沿岸に、膨大な量のガス資源が、眠っていることがわかっているし、イラクとの国境地帯には、石油やウランも埋蔵されている、ということのようだ。加えて、イラクとシリアを経由して、湾岸諸国のガスや石油を、パイプラインでシリアの地中海沿岸都市まで、搬出するということだ。
このアメリカが手掛け始めた大計画は、地域各国に大きな影響を及ぼしているが、どうやらトルコはその陰で、ほくそえんでいるということのようだ。それはトルコには第一次世界大戦集敗北後に失った領土が、シリアとの間にはあるからだ。
トルコは中東地域が不安定化し、戦闘が続いているなかで、自国の権益を奪回しようと考えている。しかも、このことはトルコのダウトール首相(当時外相)が、オスマン帝国の復活について、口を滑らせてしまったことがあるくらいなのだ。
シリアの内戦を機に,トルコはシリアの北部地帯の、元オスマン帝国領土を奪回することを考えている。シリア領土内のトルコに近い地域にある、スレイマン大帝の廟は、いまでもトルコの飛び地の領土だが、少なくともその地域までは、取り返したいということであろう。つまり、アメリカがサイクス・ピコ条約の破棄を考え、トルコも同じこと考えているということだ。