イランがパーレビ王政の時代、イランはアメリカにとって中東の最良のパートナーであった。その後イランで革命が起こり、アメリカ大使館が400日以上にも渡って、イランの若者たちによって占拠されたことから、アメリカ人の間のイランに対する感情は、悪化したままになっていた。
同時に、イラン側でもアメリカの工作が酷い、モサデク政権を打倒したのはアメリカだ、ということで反米感情が高まってきた。述べるまでもなく、イラン・イラク戦争時にはアメリカがイラクを支援したことも、イラン人の間の反米感情を煽っていた。
イランの政権にとっては、アメリカに対する非難が、国内問題をカバーするうえで、好都合であったということも、もう一つの真実であろう。国内で不満が溜まる度に、イラン政府は官製のデモを用意し『アメリカに死を』と叫ばせ、国民のガス抜きを図ってきた。
しかし、ここにきてガス抜きだけでは、どうしようもない状況が発生してきた。それはアメリカを中心とする世界、なかでも西側先進諸国による、経済制裁だった。それはイラン国民の日々の生活に、直接的な悪影響をもたらした。
アハマド・ネジャド大統領は自分の政治的能力の低さを、イスラエルやアメリカに対する、過激な発言でごまかしてきた。その激しさはまるでナチを思わせるようなものであった、と言っても過言ではあるまい。
アハマド・ネジャド大統領が辞任しないことには、イランとアメリカとの関係は修復できない状態にあったのだ。しかし、幸いにして先の選挙では、穏健派と言われるロウハーニ氏が当選し、彼による微笑外交が始まった。
先の国連総会では、ロウハーニ・オバマ直接会談は行われなかったものの、ロウハーニ―大統領の帰途、空港に向かうロウハーニ大統領に、オバマ大統領がかけた電話によって、状況に大きな変化が生まれている。
ロウハーニ大統領がテヘランの空港に到着すると、二つのグループが彼を待ち受けていた。一つのグループはアメリカとの接近を非難する強硬派であり、もう一つのグループは、彼の対米外交を称賛するグループだった。
イランの最高権威であるハメネイ師は、賛否両面の発言をしているが、ほぼ間違いなくロウハーニ大統領の対米外交を、認めたということであろう。それが何より証拠には、イランのイスラムの総本山とも言える、クムの学者集団の間ではロウハーニ大統領の行動を、是認する者がほとんどだということだ。
同様に国民の間でもロウハーニ支持が、80~90パーセントに達している。彼の対米外交に反対の、残り10~20パーセントは『アメリカに死を』と叫びながら実は内心では『イランの体制に死を』と叫んでいるのだ、と皮肉る者もいる。
イラン国民の『アメリカに死を』の意味するところは、実は『死』ではなくい『アメリカの尊大さ、傲慢さ』に対する批判だということのようだ。
イランからはロウハーニ大統領の訪米の後、アメリカ非難の看板が外されたということも』伝わってきている。それは、イラン国民は今がアメリカとの関係を修復する、チャンスとみているということであり、同時に政府も同じ考えであることを、意味しているのであろう。