昨夜から『ムバーラク元大統領が釈放される』という情報が流れ始めた。彼の弁護士は、48時間以内にムバーラク元大統領が釈放される、と語っているということだ。
この情報を目にした時、エジプトが完全に変革している、ということを感じた。2010年末から始まり、2011年1月25日に達成されたエジプトの革命は、何だったのかという疑問が沸いてくるのは、私だけではあるまい。
この革命では、800人以上の国民が、犠牲になっているのだ。犠牲になった人たちには聞くことはできないが、犠牲者の遺族にこの事態をどう受け止めるのか、聞いてみたいものだ。
私はムバーラク元大統領が検挙された時の罪状が、どうも胡散臭いと思っていた。そのことについては、だいぶ前に書いていたかもしれない。罪状はシャルム・エルシェイクの別荘をめぐる収賄容疑と、デモ隊に発砲を命じたということだったようだ。
しかし、冷静に考えればこれは無罪になる確率が、非常に高かったのではないか。別荘は通常価格70万エジプト・ポンドのところを、彼は50万エジプト・ポンドで買っており、収賄には当たらないだろう。
ムバーラム元大統領がデモ隊に発砲命令を出さなくても、警察は発砲していたろう。もちろん、軍も警察もムバーラク元大統領からは、発砲命令が出ていなかったと証言している。
これは法務省による高度な、対応だったのではないか。当時の国民の感情を無視せずに、ムバーラク元大統領を逮捕はしても、後に無罪になるような罪状を、挙げていたということではないか。
これは、官僚のムスリム同胞団に対する、極めて賢い抵抗だったのではないかと思われる。それ以外にもたくさんあるが、例えば『モルシー大統領は脱獄した人物だ』という情報が、7月3日前に流されていた。
ではなぜ彼は大統領に立候補できたのか、という疑問が沸いてくる。彼の前に、ムスリム同胞団から立候補を予定していたシャーテル氏は、出獄から5年しかたっていないということで、立候補できなかったのだ。
つまり、官僚組織による、徹底したムスリム同胞団に対する抵抗が、2011年の革命達成時から始まっていた、ということではないのか。だいぶ前にこの欄で書いたが、イード(イスラム教の祭日)に官僚が、ムバーラク元大統領に電話し『閣下間もなく自由の身になりますご心配なく。』と語ったということが、伝わってきていた。
ムバーラク元大統領が釈放された場合、次のような点はどうなるのであろうか。
:無罪で釈放された場合、ムバーラク元大統領は大統領職に復帰できるのか。
:その他の罪状は調べられないのか。
:ムバーラク元大統領は次の選挙で立候補するのか、その場合国民は彼を支持し投票するのか。
:1・25革命に参加した人たちは、ムバーラク元大統領が釈放されることを、甘受するのか。
:欧米はムバーラク元大統領が釈放されることに、どのような反応を示すのか。
:アメリカのエジプトへの援助はどうなるのか。
もし、アメリカがエジプトに対する援助をやめた場合、キャンプ・デービッド合意が破棄される可能性がある。そのことについては、エジプトにすでに言及している人物がいる。
1・25革命が達成され、ムバーラク元大統領が投獄されたときに、サウジアラビア政府は、ムバーラク元大統領を釈放するのであれば、資金援助を惜しまない、と語っていたことを考えると、今後サウジアアラビアのエジプトに対する援助は、巨額に上るだろう。
そうなれば、エジプト政府はアメリカの援助を、あまり気に留めないだろう。7月3日にモルシー政権が打倒されると、間もなくサウジアラビア、クウエイトアラブ首長国連邦から、120億ドルの援助が集まったのだ。これに対してアメリカの援助は、13億ドルでしかないのだ。
そうは言っても、ムバーラク元大統領の釈放が実現した場合、新たなきしみをエジプト社会の中に、生み出すのではないかと懸念される。すでに述べたように、1・25革命(2011年革命)の犠牲者の遺族たちが、どう受け止めるのか、ムスリム同胞団など、反政府側の反応はどうなのか。
今の段階では、エジプトの国内状況は当分の間目を離せない、と逃げを打っておこう。