いまエジプト全土で、ムスリム同胞団とそのシンパが、エジプト軍に対して抵抗活動を続けている。そのエジプトから送られてくる映像は、いずれも血にまみれた悲惨なものだ。
この映像を見たとき、エジプト軍はなんとひどいことをするものか、という気持ちになるであろう。それは当然の心理なのだが、その裏側を考える必要があるのではないか。
そして、エジプト軍に抵抗しない人たち、つまり世俗派といわれる人たちは、今どのような心理状態にあるのだろうか。一面では、ムスリム同胞団政権が打倒されたことを喜びながら、他方ではこの惨状を憂いて、心を痛めていることであろう。
いまその意味で一番苦しんでいるのは、世俗派のエジプト人かもしれない。しかし、もし今回の行動が起こらなかった場合、エジプトと中東諸国はどうなったのであろうか。
エジプトのムスリム同胞団は、エジプトだけのものではない。アラブ世界全体と、世界全体をターゲットとする組織なのだ。したがって、エジプトにムスリム同胞団政権が誕生したとき、エジプトとガザのハマースとの関係は、特別なものとなったのだ。
ムスリム同胞団政権が誕生することにより、ガザとエジプトの国境は実質的に消えたのだ。そしてエジプトの資金はハマースの資金になったのだ。そもそも2011年に起こった革命時に、エジプトの刑務所を襲撃し、多数の凶悪犯とムスリム同胞団メンバーを脱獄させたのは、ハマースのメンバーであり、レバノンのヘズブラのメンバーだったのだ。
このため1月25日革命後、エジプト国内では犯罪が、多発するようになったのだ。同時に凶悪犯や原理主義者の囚人が、シナイ半島に移り住むことを許可したのは、ムスリム同胞団政府だったのだ。真偽のほどはわからないが、一説によれば、ハマースに対して、シナイ半島を与える約束も、していたということのようだ。
エジプトのムスリム同胞団政権が継続していたら、パレスチナ自治政府は崩壊し、その余波がヨルダンにも及び、ヨルダン王家は追放されているか、王族の多くが絞首刑になっていたろう。
シリアの場合もムスリム同胞団組織が力を増し、エジプトやパレスチナからの義勇軍が押しかけ、アサド政権は打倒されていたろう。その挙句、シリアはイスラム原理主義者たちが跋扈する、無政府状態の地域となり、北部に住むクルド人はイラクのクルド人や、トルコのクルド人と一体となり、イラクもトルコもシリアの内紛の影響が及んで、不安定化していたことであろう。
つまり、今回エジプト軍が動いたことにより、かつて東南アジアで懸念された共産主義の拡大、ドミノ現象と同じような、ムスリム同胞団(イスラム原理主義)によるドミノ現象が起こることを、阻止するということではないのか。
述べるまでも無く、ムスリム同胞団によるドミノ現象は、一定の時間が経過した後には、湾岸のサウジアラビアやアラブ首長国連邦、クウエイト、バハレーン、そしてムスリム同胞団を支援している、カタールにも及んだであろう。
ムスリム同胞団による、イスラム原理主義的ドミノ現象の、危険性を十分把握した上で、単純にエジプト軍を非難するのではなく、人道的な心を抱き、エジプトで起こっている悲惨な状況を、直視すべきではないのか。