『A・シャフィーク氏は賞味期限が切れた大統領候補』

2013年4月10日

 

 エジプトのアラブの春革命後、初めて行われた大統領選挙に出馬し、僅差で敗れたアハマド・シャフィーク氏は、選挙後逃げるように、アラブ首長国連邦のドバイに移動した。実はこの移動はまさにエジプトから逃げたのであったろう。

 大統領選挙で勝利したムスリム同胞団にしてみれば、アハマド・シャフィーク氏は恨み骨髄の敵であったからだ。アハマド・シャフィーク氏は、ムバーラク政権最後の首相を務めた人物であり、敵側の大物だったからだ。

 ナセル大統領に始まり、サダト大統領、ムバーラク大統領と続いた、軍人上がりの大統領は、いずれもムスリム同胞団を徹底的に、弾圧してきていたのだ。ムスリム同胞団が権力を手中に収めて、最初に実行したかったのは、恨みを晴らすことであったろう。

 こうした裏があり、アハマド・シャフィーク氏は大統領選挙後に、直ちにアラブ首長国連邦に、逃げたということなのだ。それは正解であったろう。彼がアラブ首長国連邦に逃亡した後、彼に対する汚職の嫌疑が取り沙汰され、帰国すれば直ちに逮捕される状況が、生まれたからだ。

 しかし、最近になるとエジプト国内の、経済状況が芳しくないことや、ムスリム同胞団の経験不足から、幾つもの問題が浮上してきた。そのなかで旧官僚のムスリム同胞団政権に対する、無言の抵抗も始まっている。それはアハマド・シャフィーク氏にしてみれば、帰国の絶好のタイミングだ、と感じさせたのかもしれない。

最近、アハマド・シャフィーク氏は、帰国宣言とも取れる発言をした。彼はそのなかで『エジプトに帰国し、国と国民に尽くしたい。』と語ったのだ。絶好のタイミングを計り、計算された涙の出るような、愛国の宣言のつもりであったのかもしれない。

しかし、エジプト国内の反応は彼の計算と予測を裏切るものだったようだ。現在、エジプト最大の野党連合である国民救済戦線は、アハマド・シャフィーク氏の帰国を、全く歓迎していないし、彼に対する期待もない、と言ってのけたのだ。

 それは当然であろう。現在のエジプト国内には、大統領になりたがっている著名人が、何人もいるのだ。エジプト最大の野党連合である国民救済戦線には、元IAEAの事務局長だったエルバラダイ氏や、元外相で、後にアラブ連盟の事務総長になった、アムル・ムーサ氏もいるのだ。

 それ以外にも、若手の大統領候補が何人もいる。つまり、旧体制の色が濃い、ムバーラク体制最後の首相には、もう興味も期待も無いということであろう。

 もう一つのアハマド・シャフィーク氏の誤算は、ムスリム同胞団の今後だ。彼らはナセル、サダト、ムバーラクと3代続いた軍事政権下で、60年以上も耐えてきていただけに、そう簡単には権力を、手放すようなことにはなるまい。