パレスチナのガザ地区で、ファタハ結成48年記念集会が、1月4日に開催された。これはガザをハマース2007年のファタハとの戦闘で勝利し、ガザを支配して以来、5年振りのファタハの行事ということだ。この記念集会には何十万人というガザの住民が参加し、大盛況に終わったようだ。
世界の報道を見ていると、一様にこのファタハの記念集会が、ガザで成功裏に終わったことは、ファタハとハマースが統一に向けて、動き出していることの、証だということになる。
しかし、私にはそうは思えない。ハマースは結成以来今日なお、イスラエルとの妥協は一切しない方針だ。ハマースの代表者であるハーリド・ミシャアル氏は『川から海まで北から南までパレスチナの土地だ。=地中海からヨルダン川まで、北辺から南辺までのパレスチナの地』と語り、イスラエルが国家として存在することを、全面的に否定している。
他方、マハムード・アッバース議長が率いるファタハは、67年戦争以前のパレスチナの境界線に沿って、二つの国家イスラエルとパレスチナが共存する、という妥協の解決方針だ。
だが、マハムード・アッバース議長の妥協の2国家共存案は、世界的には支持されても、具体的な支持ではない。今日食べるパンと交換に、パレスチナの建国は先延ばしされ、他方では、イスラエルがヨルダン川西岸地区に侵食し、パレスチナ自治政府が唱える、東エルサレムを首都とする構想も、絵に描いた餅になったままに放置されている。その東エルサレムですらも、イスラエルは新たな入植地を建設しているのだ。
このファタハによるガザでの記念集会に先立ち、ハマースは25年記念集会をヨルダン川西岸で実施しているが、ハマースはファタハを飲み込むために、今回のファタハの記念集会企画を、許可したのではないのか。ファタハ側はPLOがパレスチナ住民の唯一の代表だ、という看板を下ろしたくないのだ。
ファタハの幹部の一人は『ファタハもハマースも統一に反対しているという立場は採りたくないから、今回の行事が行われたのだ。』と語っている。つまりファタハとハマースは同床異夢ということであろう。
ハマースは先のヨルダン川西岸での記念集会開催と、今回のファタハのガザでの記念集会開催を通じて、完全にヨルダン川西岸地区での活動の、フリーハンドを得たということではないのか。
ヨルダン川西岸のヘブロンでは、ハマースが唱える第三次インテファーダを進めるというグループが登場し、5人がファタハ側によって逮捕されているが、この動きは止め難いのではないか。
最近の世論調査によれば、次のパレスチナ自治政府議長選挙では、明らかにイスマイル・ハニヤ氏がマハムード・アッバース議長の、有力な対抗馬になってきているということだ。つまり、現状はハマースとファタハの権力闘争が、以前にも増して激化しているということであろう。