シリアの元国防そうだった人物に、ムスタファ・トラース氏がいた。彼は現在のシリアのバッシャール・アサド大統領の父親、ハーフェズ・アサドの時代に国防相を勤め、ナンバー・ツーの地位に君臨していた。
ハーフェズ・アサド大統領に忠実であると共に、彼はハンサムでもあったことから、多くのシリア国民から慕われてもいた。ハーフェズ・アサド大統領が死亡した後は、彼の子息バッシャール・アサド大統領の、最も重要な後見人の一人だった。
当然のことながら、彼の子息たちはバッシャール・アサド大統領とは、兄弟のような付き合いをしてきていた。その子息の一人にマナーフ・トラースという人物がいる。彼は若くして将軍のポストを与えられ、重用されてきていた。
しかし、今回のシリアの革命騒ぎの中で、マナーフ・トラース氏はバッシャール・アサド大統領と袂を分かった。その理由は、マナーフ・トラース氏の出身の街が攻撃され、破壊されたからだ、と伝えられているが定かではない。
マナーフ・トラース氏がバッシャール・アサド大統領の元を離れた時、反政府派の中で動揺が起こり、世界の中東専門家や軍事専門家たちは、彼のその後の動向に注目した。
マナーフ・トラース氏は反政府派に加わり、反政府軍を指揮するのか、シリア政府軍の将兵に、体制側からの離脱を呼びかけるのか、などという憶測があったからだ。
しかし、マナーフ・トラース氏はそうした、派手な動きには出なかった。バッシャール・アサド大統領と親しかったことからか、そこまでは踏み切れなかったのかもしれない。
そのマナーフ・トラース氏が、最近になって困惑している。多分、バッシャール。アサド大統領であろうが、彼に政府側に戻ってきて欲しい、と呼びかけているのだ。
伝えられるところでは、彼の家族や親戚たちが、彼の離脱のために種々の苦痛を味わうようになっていると訴えているというのだ。確か、彼の父ムスタファ・トラースも彼の兄弟も、シリアに残っているはずだ。
バッシャール・アサド大統領にしてみれば、盟友マナーフ・トラース氏が復帰し、政府軍を指揮してくれることは、現在の戦闘の流れを、大きく変えることが期待できよう。
マナーフ・トラース氏はいま、まさにハムレットの心境ということであろうか。彼の不明確な行動は、心の優しさと弱さを示しているのかもしれない。