エジプトのカイロ市にあるアズハル大学は、イスラム世界では知らない者がいないほど有名な大学だ。この大学はスンニー4学派の講義をしており、世界中の宗教学者志望の、学生が集まってきているのだ。
エジプト政府は巨額の奨学金を、世界中の学生に支給することを、誇りとしてきており、日本からもムスリム学生が、これまでに何十人も留学し、アズハル大学の奨学金を受け、イスラム学を学んできている。
卒業生たちはアズハル卒業者ということで、各国でしかるべき権威の地位を、与えられてきているのだ。彼らは地方のモスクのイマーム(礼拝の導師兼よろず相談、調停者)に就任し、中央政府では宗教省の高位を得てきている。
つまり、これまでアズハル大学が出した宗教的判断は、世界中の宗教学者たちに受け入れられてきたのだ。それだけにアズハル大学の出す宗教的判断は、重みを持ってきていた。
しかし、エジプトでムスリム同胞団が権力の座に着くと、アズハル大学に対する評価は、下がっているようだ。エジプトはこれまで、イスラム法を憲法の法源のひとつとしてきたが、その法源解釈はアズハルの学説によるものだった。
それが最近では、意味をなさなくなってきているのだ。最終的な決定が出たわけではないが、アズハルの権威を重んじないという方向が、ムスリム同胞団政権によって、示され始めている。
これからはアズハルの学説や、憲法制定での役割は軽んじられ、ムスリム同胞団の学者たちによる、イスラム法解釈が幅を利かせるようになるだろう。それはアズハルの判断よりも、数段厳格なものになっていくのではないか。
そうなれば、これまでアズハルの学識を尊重し、アズハル大学の出す判断をベースに、イスラム法を解釈し、自国の法律に採り入れてきた国々は、途方に暮れることになるのではないか。
エジプトのムスリム同胞団政権は、軍の権力を奪い、マスコミの権力を掌中にし、警察もまた彼らの手中に収めつつある。加えて法律も彼らは牛耳ろうというのであろうか。
ムスリム同胞団の最近の動きをみていると、何処か焦りを感じてならないのだが、少し性急過ぎるのではないか。そのあとには、決まって社会からの反発が起ころう。それをムスリム同胞団は期待し、そうなるように工作しているとは思えない。ムスリム同胞団の執権者としての、経験不足からくる性急さは、焦りと自信の無さの産物ではないのか。