『エジプトで始まったか英雄依存心理』

2012年8月17日

 拙著『革命と独裁のアラブ』(ダイヤモンド出版)で書いたのだ、アラブの大衆は独裁者が好きなようだ。独裁者は自分が独裁者であることを、十分に理解しており、少しでも偉大で英明な、国王や大統領と思われたい。

したがって、独裁者が統治する国家では、大衆がパンに飢えることはほとんどなく、もしそうなったときには、確実に独裁者は打倒されるのだ。したがって、大衆は怠けてもパンを与えてくれる独裁者の方が、民主的だが『パンを自分で働いて手に入れろ。』という大統領よりも好むのだ。

エジプトではムバーラク大統領が、独裁者であったことに異論はなかろう。しかし、彼はせっせとアラブ湾岸諸国や欧米を回り、国民に最低限の食料を与える、努力をしてきていた。

その大統領が打倒されたいま、エジプトでは民主的な選挙で選出された大統領が誕生した。モルシー大統領がその人なのだが、彼は果たして国民に満遍なく、パンを食わせてくれるのだろうか。

どうもそうはいっていないようだ。そのため国民の不満が、日に日に高まっており、モルシー大統領は落ち着かない日々を、過ごしているようだ。そうなると頼れるのは、結局軍隊ということになる。モルシー大統領はタンターウイ国防大臣の首を切ったのは良かったが、その後、手厚く対応している。加えて、最近では『軍人の生活向上を図るべきだ。』とも言いだしている。

大衆の側はどうであろうか。8月24日に呼びかけられた大衆デモに対し、イスラムの権威であるアズハル大学の、ファトワ委員会(宗教的裁定を下す委員会)のメンバーである、シェイク・ハーシム・イスラーム師は『デモ参加者は殺していい。』という極めて乱暴な意見を発表にしている。つまり『モルシー大統領に黙って付いて行け。」ということだ。

マスコミ界でも似たような動きがある。アルアフバール紙への寄稿をした、著名なユーセフ・カイード氏の原稿が、没にされたのだ。この原稿はモルシー大統領批判の、内容だったということだ。

アルアフバール紙の編集長ムハンマド・バンナー氏は『原稿掲載を禁じたのではない。あくまでもスタッフ・ライターの原稿を優先したに過ぎない。』と語っている。しかし、他の評論家や作家たちの原稿も、モルシー大統領に対し批判的なものは、避けられているようだ。

こうした宗教界やマスコミ界の、モルシー大統領擁護の動きは、まさに独裁者待望の心理の顕れであろう。本人は独裁者になることを希望していないが、こうして徐々に独裁者に、祀り上げられてしまうのだ。モルシー大統領に対し、いまだに厳しい非難の言葉を寄せているのは、身内のムスリム同胞団だそうだ。