中東地域は、かつて支配をしたイギリスとフランスが、勝手に境界線を引き、それがのちの国境として定着していった。そのため、アラブの国家が誕生した後に、それぞれの国内で、あるいは隣国との間で、多くの問題が生じることになっていった。
これを根本から是正しようというのが、2006年にアメリカの退役軍人のラルフ・ピーターズ氏が発表した『新中東地図』であったろう。その地図に描かれた新たな国境線構想は、今日の中東世界の変化のなかで、実現しつつあるのではないか。
『新中東地図』に描かれていたように、イラクが実質的に3分割され、リビアも東西に深い溝が生まれている。そして大国エジプトですら、いま4分割されるという話が、識者の間で語られているのだ。ラルフ・ピーターズの論文のなかには、サウジアラビアの3分割という考えも、含まれている。
このラルフ・ピーターズの発表した『新中東地図』の後を追う形で、パトリック・ブキャナン氏が『中東の自然地図』なるものを発表している。その骨子をここでご紹介しよう。
彼の考えでは、中東世界が細分化されるずうっと前に、同じようなことがヨーロッパでも、起こっているというのだ。オーストリア、ハンガリー、ドイツなどがそれであろうか。
そしていま、アラブ世界では『アラブの春革命』なるものが勃発し、イスラム世界が覚醒の時を迎えている。アラブの春革命が起こった国でも、そうでない国でも、イスラム勢力が次第に力を増し、社会を主導するように、なってきている。
チュニジアではイスラム原理主義の、ナハダ党が与党となり、それよりも強硬なサラフィ派グループが、ナハダ党を突きあげてさえいる。エジプトでは、ついにムスリム同胞団が権力を手中に収め、議会の半数以上を占め、大統領のポストまで勝ち取っている。
リビアでも同様に、ムスリム同胞団の力は、侮れない状況にある。そして後発組のシリアでは、ムスリム同胞団が次第に力を増してきているし、ヨルダンでもムスリム同胞団の存在は、無視できない状態になってきている。
しかし、イスラム勢力の台頭は同時に、宗派間の対立を色濃くしてきてもいる。スンニー派とシーア派の対立であり、シリアの場合はスンニー派対アラウイ派(シーア派の一派)の対立構造がそれだ。
加えて、宗派対立は人種的な対立にも火を付けたようだ。最近になって特に、トルコ、シリア、イラク、イランなどで、これらの国のマイノリテイの、クルド人の動きが活発になってきている。
また、イスラム原理主義と名乗るアルカーイダの活動は、非常に広範囲にわたるものになってきていることも、昨今のイスラム世界、中東世界の社会状況の特徴であろう。
彼らアルカーイダは、宗派対立や民族対立で、不安定化が進むアラブ世界にあって、大きなファクターとなりつつある。いわば、伏兵的な存在になりつつあり、そのことがますます中東地域各国の、問題を複雑にしている。
アルカーイダや他のイスラム原理主義組織は、中東各国の紛争に関与し、対立を激化させ、彼らの地歩を固めようとしているのであろうか。結果的に、シリアのアラウイ政権が打倒されることになれば、中東地域におけるイランの存在は、縮小していくことになり、それがレバノンのヘズブラを後退させ、新たな紛争を、レバノンにもたらす危険性がある。
アルカーイダはこの流れの中で、一番優位に立っているのではないか、とパトリック・ブキャナン氏は分析している。しかし、アルカーイダが夢想しているような、カリフ制の復活はありえないのではないか。アラブ各国は現段階で、イスラム回帰の現象を見せているが、やがてはその限界に直面し、世俗派が台頭してこよう。