エジプト革命が生み出した、ムスリム同胞団の団員大統領、ムハンマド・モルシー氏に対する日本の報道は、どこかピントがずれているようだ。彼が就任早々に行った演説で、『軍に対抗する姿勢を強く打ち出した。』と報じた新聞があった。
しかし、私が聞いていた限りでは、そうではなかったと思える。軍の統帥権委譲の式典で、ムハンマド・モルシー大統領が行った演説を聞いている限り、軍に対する過剰なまでの、配慮と称賛の内容であった。
私の受けた感覚は間違っていなかったことが後になって分った。実はこの後、ムハンマド・モルシー大統領はカイロ大学で演説しているのだが、そのなかでも軍に対する称賛の言葉を、繰り返し述べたようだ。
このため、会場にいた多く聴衆の間に不満が高まり、一部は退場する者もいたというのだ。彼らに言わせれば『せっかく手に入れた革命の成果を、何故軍の称賛でかき消してしまうのか。次の革命のターゲットは、軍の権力機構ではないのか。』ということのようだ。
この聴衆の不満は、今後ムスリム同胞団の団員のなかでも、広がっていくのではないか。あるアラブ人評論家が書いていたが『モルシー大統領はムスリム同胞団から抜けたと言うが、ムスリム同胞団は彼から抜けはしない。』つまり、ムハンマド・モルシー大統領がアメリカの意向を受け、軍との協力体制を採っていこうと思っても、ムスリム同胞団のメンバーがそれを、許さないということだ。
ムハンマド・モルシー大統領にとって、今後の課題はエジプトの経済を、どうやって活性化させるかということに加え、ムスリム同胞団員をどう説得し、なだめるかということではないか.そのいずれが失敗しても、彼は窮地に立たされるということであろう。
ムハンマド・モルシー大統領と同じように、革命勃発から新大統領誕生まで、最高権力者の地位にいたムハンマド・タンターウイ国防大臣は、意外な反対者に囲まれつつあるのかもしれない。
ナセル革命に模したのであろうか、自由将校団と名乗る若手軍将校の一部が、現在の軍幹部に対し、非難を始めているのだ。彼らに言わせると、軍幹部は国家の富を私物化している、ということのようだ。下級将校や一般の兵士にしてみれば、インフレの進む現在のエジプト国内の経済状況は、耐えがたいのであろう。
ムハンマド・モルシー大統領、ムハンマド・タンターウイ国防大臣にとって、もう一つの危険な兆候がある。それは『第三勢力』なる世俗派大連合が、結成される動きだ。彼らにしてみれば、ムスリム同胞団も、軍の組織も敵なのだ。その3組織が今後、エジプト国内で拮抗していくのであろう。