イギリスのBBC放送局のブログが、シリアのアサド体制について行われた世論調査の結果に、疑問を呈している。簡単に言えば、『少ない人たちの意見を基にして、アサド体制が支持されている、という結論を導き出すのは間違いだ。』ということだ。
それはそうであろう。ここで取り上げられている世論調査は約1000人の人たちの答えに基づくものだった。一般的には1000人の世論調査参加は、一定の状況を判断するに際しての、最低限の受け入れ可能な数字だ、ということのようだ。
しかし、そればかりではなかろう。例えばその世論調査が、シリア国内に居住する人たちに対して行われたのであれば、アサド支持派の人たちが、絶対的に多くなろう。
シリア国内でパソコンを持ち、インターネットにアクセスできる人たちは、一定以上の生活レベルを維持している人たちであり、同時に高等教育を受けた人たち、ということになるのではないか。
その場合、そうした恵まれた人たちの多くは、体制側の人たちと考えるのが常識であろう。従って、そこから出てくる結論は、アサド体制支持ということになろう。
もし、シリア以外にいるシリア人を対象にして行えば、結果は述べるまでも無く、反アサドということになろう。外国に在住している人たちの多くは、アサド体制を嫌って、シリアから出た人たちがほとんどであり、今回の戦闘から逃れるために、難民として周辺諸国に、出ている人たちだからだ。
それでは、そうした偏った結果を出さないために、外国居住者と国内居住者を半々にして、世論調査を行うことが可能だろうか。その場合、出てくる結論は正解に近いものであろうか、いささか疑問だ。
世論調査の結果は、世界的に一つの状況に対する、判断を下す場合の目安、として利用されているが、実は世論調査が、特定の意向を持った人たちによって行われた場合、多分に政治的意図のために、利用されるということになるのではないか。
マスコミの報道もしかりだ、『イランは核兵器開発に向かっている。』と声高に報道が繰り返されれば、世界の人たちは『イランは危険な国家。』という結論に到るようになる。
『狂犬カダフィ』『独裁者ムバーラク』『血塗られた手の男アサド』いずれもマスコミが煽っている部分が、大きいのではないのか。情報を受ける側の人たちは、報道のなかから事実を拾い上げる、努力が必要であろう。それ無しには、マスコミや特定の国家の意向に、何時の間にか盲目的に追従する、『無知な暴力の主体』になってしまう危険性がある。
もう一つ大事なことは、『常識』を元にした判断を心がけることであろう。日本人は幸いにして、平均的に高いレベルの教育を受けていることから、『日本人の常識』は他の国に比べて、より正解に近いのではないか。