昨年起こったエジプトの革命は、900人弱(850人)の犠牲者を生んだ。そのため、ムバーラク前大統領は殺人者として、裁判にかけられている。もちろん、当時のハビーブ・アドリー内務大臣や、ムバーラク前大統領の二人の息子も、同列に並べられている。
これは取りようによっては、復讐裁判ということになるのではないか。大衆の怒号の前に、そうした冷静な意見は、なかなかエジプト社会では、出て来難いようだ。
昨年、エジプトへ行き、友人と話しているなかで、今回のエジプト革命の実態の一部を、耳にすることができた。友人が語っていたのは、次のような点だった。
1:犠牲者の多くは各地の警察署を襲撃したおりに、発砲されて死亡した。
2:アメリカ大使館からカイロの中心部にある、カイロ・アメリカ大学に武器が運び込まれ、その武器でデモ隊に向けて発砲した者がいた。
真偽のほどはわからないが、彼の友人は警察の幹部であり、でたらめとは思えない部分がある、と聞き留めていた。
6月2日にムバーラク裁判の判決が出るが、それを前に、これらの点が表面に出始めている。
1:外国人がデモ隊に向かって発砲した。
2:カイロ・アメリカ大学の警備員がデモ隊に向かって発砲した。
3:ハマースやヘズブラのメンバーが、刑務所を襲撃をしたときに発砲した。
ムバーラク大統領は政治のベテランであり、軽々にデモ隊に対して、発砲を許可するようなことは、なかったと思われる。したがって、警察がデモ隊に発砲したとすれば、それは彼らが危険な状態に陥ったからであり、ムバーラク大統領の命令によるものでは、なかったのではないか。
以前に、内務大臣が警察に対して、発砲を許可したか否かということが、取りざたされ、彼に対する死刑判決を要求する声が上がった時、もし、内務大臣が発砲を命令したのであれば、ムバーラク大統領はこのことでは、無罪だという意見があった。
最近になって、ムバーラク大統領に似せた人形を、絞首刑にいている写真が報じられているが、決して品のいいものではないし、こうした行動は冷静な判断によるものとも思えない。
ここで挙げたようなことが理由で、もし、ムバーラク前大統領が無罪、あるいは軽い罪に処せられるようなことになれば、エジプトの大衆やムスリム同胞団のメンバーは、大反対の抗議集会を開こう。
そこにはひとかけらの冷静さもない。魔女狩り裁判のようなものではないか。そこにあるのは大衆の感情の爆発だけだ。大衆の激昂の流れというものは、実に怖いものだ。