エジプト革命の火付け役であった若者層や、それ以外の社会運動家による、体制に対する抵抗運動が、結果的にエジプトのムバーラク体制を、打倒することに成功した。
しかし、革命が達成された後で、彼らが直面した現実は、どうも彼らが期待したものとは、全く異なるものだった。ムバーラク体制時代と変わらない、官僚による国家支配、新たな権力層としては、ムスリム同胞団やサラフィ運動といった、イスラム原理主義組織の台頭が目立っている。
多分、現段階で若者層や世俗派の改革運動家たちは、彼らが期待した変化とは、全く異なる現実を前に、戸惑っていることであろう。そこで新たな革命運動を、起こそうと動き始めた。
だが、どうも、国民の反応が悪いようだ。2月10日の金曜日に呼びかけられた集会には、あまり人が集まらなかったようだ。この集会に10万人単位の動員に成功していれば、流れは大きく変わった可能性があるのだが、そうはならなかったのだ。
一体、何が世俗派の新たな動きを、抑えているのであろうか。それは革命の結果が、エジプトの大衆にとって、あまりにも惨めなものだったからではないか。失業率が上がり、物価が上がり、人口の10パーセント以上の人たちの、生活を潤していた、観光産業がダメージを受け、犯罪が激増しているのだ。
世俗派が反体制運動を起こした当初、『キファーヤ』という言葉が流行った。それは『もう十分だ』という意味で、ムバーラク体制に飽き飽きしたという、反対の意味を込めていた。
しかし、今になってみると、革命に対しても『キファーヤ』という感情が、エジプト国民の間で、広がっているのではないだろうか。そして、取り敢えずの間、ムスリム同胞団やサラフィ運動に、エジプトの政治を任せてみよう、ということではないのか。
そのムスリム同胞団やサラフィ運動のメンバーによって、エジプトの政治が国民の期待するようなものに、改善されていくという保証は何処にも無い。逆に、悪くなっていく可能性の方が、強いのではないか。
軍や警察、治安部隊が動くことを嫌う、世俗派の人たちのデモに、イスラム原理主義政府が強硬に、軍や警察を動員すれば、反発が激しくなり内乱状態に、陥る危険性があろう。
外国の援助もあまり期待できないし、観光産業の復活にも、治安状態が良くないままでは期待できまい。国民が求める生活向上の資金を、ムスリム同胞団が結成する政府は、何処から持ってくるというのだろうか。
混乱な状況、社会的不安定な状況が、エジプトでは今後も続く、と予測すべきであろう。若者たちは今後、新たに登場するムスリム同胞団政府に対して、抵抗を続けていくものと思われる。若者たちは何処の国でも、我慢が出来ず行動に出るのだから。