アラブの春革命の成功により、ムバーラク体制は打倒された。その後、いまに到るまで軍が臨時の最高決議機関として君臨しているが、その臨時の最高決議機関である軍最高評議会が進める選挙と、それに続く大統領の選出をめぐり、新たな動きが出てきた。
1月14日これまで大統領候補の一人とされてきた、元IAEA事務局長のエルバラダイ氏が、突然立候補を降りると宣言したのだ。その理由は、軍の統治下では、民主的な大統領選出が行われない、という軍に対する抗議が、最大の理由だった。
しかし、そうだろうか。軍はあくまでも臨時の統治機関であって、議会選挙後、そして大統領が選出された段階では、権力の座を降りるといっているのだ。現在のエジプト国内の状況を考えれば、軍が権力の留まらなければ、エジプトは無秩序の国に、なってしまうことは明らかだ。
言ってみれば、今回のエルバラダイ氏の大統領選挙からの撤退は、彼の個人的なわがままが出ただけのことではないのか。エジプト国民の多くが、彼の大統領就任を歓迎し、支援してくれると思っていたとすれば、とんでもない勘違いであったろう。
彼はそれほど国民から支持されてはいない、ということは以前から分かっていたことであり、知らなかったのは彼だけであろう。大統領候補の名乗りを上げれば、何処の国でも近寄ってきて支持する、ということを口にする日和見人間はいる。
彼らはあくまでも、それで個人的に何らかのメリットを、得ようとしているだけに過ぎない。そして、むしりとるものがなくなれば、突然離れていくだけのことだ。エルバラダイ氏は自分が元IAEAの事務局とであったから、エジプトでは大人物と評価されている、と勘違いしていたのであろう。
他方、もう一人の大統領候補であるアムル・ムーサ氏は、エルバラダイ氏の立候補取り下げ発言と同じ時期に「エジプトの最大の問題は貧困だ。」と語り、大統領立候補への強い意志を表明している。
アムル・ムーサ氏は元エジプトの外相であり、エジプト社会やエジプトという国家、エジプトの問題が何であるのかを、十分わきまえている人物だ。彼は現段階で、何故軍が最高決議機関として存在し続けているのか、軍が何を考えているのかを、十分理解しているということであろう。
もちろん、アムル・ムーサ氏と軍最高評議会のタンターウイ国防大臣とは、既に何度と無く話し合いを、持っているのではないかと思われる。つまり、エルバラダイ氏は幻想の中で、大統領選挙を考えてきたが、アムル・ムーサ氏は現実のなかで、考えてきたということの違いではないのか。
もちろん、アムル・ムーサ氏はムバーラク時代の閣僚の一人として、タンターウイ国防大臣を、個人的にも良く知っているし、古くからの人間関係もあろう。どうやら次のエジプト大統領には、アムル・ムーサ氏の就任の可能性、が窮めて高くなったということのようだ。それはエジプトが共和国になって初めての、文民大統領の誕生ということでもある。それがせめてもの、大衆革命成功の成果かもしれない。