「エルサレム一枚の写真の意味」

2012年1月 6日

 新年早々、あまり愉快な話ではないが、イスラエルや世界に散らばるユダヤ人の多くは、大喜びしたのではないか、と思われることがあった。

 それは、イスラエルで発表された、一枚のエルサレムの写真だった。旧エルサレムは4区画に分かれており、その一区画がユダヤ人の集う礼拝の場であり、そこには嘆きの壁が残っている。

 世界から集まるユダヤ人たちは、このソロモン神殿の一部をなしている壁に額を付け、あるいは向かい合って、彼らの聖書を読み礼拝する。

 そして、その高い壁の上には、イスラム教第三の聖地があり、黄金のドームのモスクとアクサモスクとがある。この黄金のドームはパレスチナの象徴であり、事あるごとにその写真が紹介されるし、その模型は贈り物として、世界中にばらまかれもした。

 しかし、本当に価値があるのはこの黄金のドームのモスクではなく、アクサモスクの方なのだが、それは地味なだけに、なかなか重視されない。実はこのアクサモスクが、イスラム教の預言者ムハンマドの昇天の場所なのだ。

 さて、その二つのモスクが最近発表されたエルサレムの写真から、姿を消したのだ。そのモスクのあった場所には、糸杉が鬱蒼と茂っている。そしてその糸杉の向こうには、上がりかけている太陽が、雲間から陽光を垂れているのだ。何とも言えない神秘な光景の写真だ。

 この写真を見たとき、イスラエル国民や世界に散らばるユダヤ人たちは、やがてそこにソロモンの神殿が、再建されることを熱望しよう。ユダヤ人にとってはソロモンの神殿の再建が、非常に重要な意味を持っているのだ。

 しかし、現在はイスラム教のモスクが存在し、ソロモンの神殿を再建するためには、これら二つのモスクを破壊しなければならない、ということになる。それは、パレスチナ人やアラブ人ばかりではなく、世界に13億とも15億ともいわれる、イスラム教徒を敵に回すことになるのだ。

 つい数年前には、ソロモンの神殿の再建図が、イスラエルのバスなどに、張り出されたことがある。つまり、イスラエル政府はソロモンの神殿を、1日でも早く再建したい、と強く望んでいるということだ。

 ネタニヤフ首相の父親は、極右のユダヤ主義者であったために、イスラエル建国後イスラエル国内で反発を受け、渡米したと言われている。彼はソロモンの神殿を再建することを、夢見ていたとも言われている。

 その人の子息ネタニヤフ氏が、首相になっているわけだが、父親の遺志を継いでおり、既にアメリカにはソロモンの神殿を再建するための、石材が刻まれ組み立てるだけに、なっているという噂もある。

 今年の初めに、イスラム教のモスクの消えた、エルサレムの写真が発表されたということは『神の時が近い』ということを、イスラエル国民とユダヤ人にラビ(ユダヤ教の聖職者)たちが、呼び掛けているのではないか。

 そうであるとすれば、イスラエルのヨルダン川西岸への入植は、今後活発になり、イスラエルは強硬な手段で、イスラム教徒が彼らの聖域に入ることを、困難にしていくかもしれない。それは述べるまでもなく、これまで以上に激しい、イスラエルとパレスチナの衝突が、予測されるということだ。