「革命は成功したがチュニジア経済は悪化の一途」

2011年12月18日

 

 チュニジアではいま、革命の発端となった人物に関する、銅像が出来たようだ。それはブ・アジジ青年が果物や野菜を売るために、使っていた大八車だ。白い大理石で出来たと思われるその銅像は、何か墓石のような感じがしたのは、私だけであろうか。

 革命は彼の焼身自殺が原因で、チュニジア全土に広がり、あっという間にベンアリ大統領が逃亡して成就した。以来ほぼ一年が経過したいま、チュニジアの実態はどうなのか、ということが気になる。

 チュニジアの国民がどうなのかということは、失業問題は解決したのか?物価は下がったのか?国民の生活は楽になったのか?といった面から検討してみれば分かろう。

 残念ながら、そのいずれの疑問に対する答えも『ノー』だ。そもそも特に資源の無いチュニジアは、観光収入とリビアの輸入代行業が、主な収入源であったと思われる。それ以外には、農業製品も輸出もあげられるが、たいした額には及ぶまい。チュニジアは国土そのものが狭いのだから、仕方が無いことであろうが。

 チュニジアはいま失業率が18パーセントに達し、外貨準備高も激減している。加えて、主要産業である観光業は、333パーセントの落ち込みとなっている。いままで年間600万人の観光客が、外国からチュニジアに入っていたのだが、いまでは400万人に減っているのだ。

 チュニジアを訪れる最大の観光客は、ヨーロッパ諸国からであろうが、それも451パーセント減少しているということだ。チュニジアの旧宗主国であるフランスからの観光客も、当然大幅に落ち込んでいる。

 結果的に、チュニジアのGDPはゼロとなり、前途は無く真っ暗な状態に、突入しているということだ。問題はこの現状を、何処までチュニジア国民が理解し、政府と一体となって自国経済の復活を実現するかだ。反政府デモなどやっている余裕は無いはずだ。

 それはエジプトの場合も同様であろう。観光客は激減し、外国からのエジプトに対する投資も、ほとんど停止状態にあるばかりか、最近では撤退する企業の方が、多いのではないか。

 それにもかかわらず、デモを繰り返しているということは、エジプトの経済が確実に、今よりも悪化していくということだ。

 最近では、エジプトの最後の切り札とも言える、軍とデモ隊が激しく衝突するようになってきている。軍と国民の意識が乖離した場合、一体誰が混乱を収拾させることが、出来るというのだろうか。愚かとしか言いようが無い状態だ。