皮肉のような冗談のようなことが、いまアラブ世界と情報端の人たちの間で、語られている。アラブの春がアメリカを情報面で、窮地に追い込んだということだ。
それは簡単な話だ。これまでアメリカと協力的であった、アラブの国家元首の何人かが、いま拡大しているアラブの春革命によって、失脚したからだ。
たとえばエジプトのムバーラク大統領は、最も親米派として知られる人物であった。当然のことながら、エジプトの情報部が集めて分析する中東地域に関する情報は、アメリカにも提供されていたのだ。
しかし、ムバーラク大統領が失脚したいまは、そうはいかなくなっているのだ。現在、エジプトをリードする軍最高評議会は、臨時的な最高機関であり、情報収集し分析した結果を、アメリカに提供できる状態にはない。そのようなことをすれば、たちまちにして国民の知るところとなり、支持を失うことになるからだ。
チュニジアのベン・アリ大統領も大の親米家であったが、いまでは失脚してしまった。ベン・アリ大統領後のチュニジアは、未だに不安定な状態にあり、情報処理がスムーズに行われてはいない。
加えて、これまでアメリカの情報機関のために、働いていた個人も、社会情勢が変化した結果、自分の身に危険が及ぶことを恐れ、これまでのように、十分に能力を発揮することができない、状態になっているのだ。
こうしたアメリカのおかれた立場は、イギリスや他のヨーロッパの情報機関にも共通している。いずれも手をもがれ、足を失った形になっている、ということだ。
こうした欧米諸国の状態に反し、イスラム原理主義組織は全体的に、活動の自由が大幅に広がり、情報も入手しやすくなった、ということのようだ。なかでもアルカーイダの活動は、極めて有利になった、と専門家の間では語られている。
確かにそうであろう。イランとエジプトの関係が改善し、イランからはサダト大統領暗殺犯イスランブーリの弟が、エジプトに帰国している。エジプト国内ではイスラム原理主義組織ムスリム同胞団が、第一党に間もなくなるというのがもっぱらの予測だ。
この情報面での欧米の後退は、やがてはその影響が表面化してくる、ということであろう。その情報不足を補うのは、力による対応ではないかと懸念される。しかし、力による対応には限界があり、すべてが機能しなくなるという、異常事態を生み出すかもしれない。