トルコのPKK(クルド労働党)のNO2が、イランの治安部隊がかけた、PJAK(トルコのPKKの姉妹組織で、イランと敵対して戦っている)攻撃の中で逮捕された、というニュースが流れた。それは先週の土曜日のことだったが、どうもしっくり来ない部分があったので、ニュースの重要性を無視し、この欄で取り上げずに、放置しておいた。
今週に入り、このPKKのNO2逮捕に関する情報が、トルコ側とイラン側から流れ始めた。彼の名はムラト・カラユルランで、現在トルコが投獄しているPKKのNO 1のアブドッラー・オジャランに次ぐ人物だ。1954年にトルコの南東部ビレジクで生まれたクルド人だ。
彼は1979年から、PKK のメンバーに加わり、抵抗運動を続けてきている。最近では穏健化し、トルコ政府との政治交渉による、クルド問題の解決を望むようになった、とみられていた。
そのため、PKK内部の強硬派が、イランの治安部隊がかけた、PJAKに対する攻撃の折に、彼をイラン側が逮捕できるように、仕組んだのではないか、という憶測も飛んでいる。
ムラト・カラユルランの逮捕のニュースは、トルコ側にとって、相当ショッキングなものであったろう。逮捕そのものは歓迎できても、その後のトルコに及ぼす影響は、プラスもあればマイナスもあるからだ。
プラスの影響は、NO2が逮捕されたことで、PKK内部に分裂が生まれ、穏健派はトルコとの間に、妥協を生み出す可能性があろう。またPKKそのものの活動が、弱体化することも期待できよう。
しかし、他方では、イランがトルコとの間で、この人物を政治取引の道具に、する可能性もあろう。もちろん、イランがすんなりと、ムラト・カラユルランをトルコ側に、引き渡すことはありえない。
このムラト・カラユルランの逮捕のニュースは、イランの議会治安外交委員長のアラーアッデーン・ボウロウジェルデイ氏が、イランの準公式通信社に語ったのだが、今週に入り、イランのアリー・アクバル・サーレヒ外務大臣は、この件に関する何の情報も無い、とトルコのダウトール外相に語り、ムラト・カラユルラン逮捕のニュースを否定している。
こうなると何が真実なのか、分からなくなったということだが、多分にイラン政府が、このニュースを流すことを、嫌ったのではないかと思われる。もし、このニュースを認めた場合、トルコ側は当然のこととして、ムラト・カラユルランの引渡しを求めよう。
しかし、イラン政府は容易に、それに答えるわけには行くまい。逮捕を認めることは、イラン政府とトルコ政府との関係を、複雑なものにしてしまう、危険性があるということではないか。
アブドッラー・オジャランは獄中で、武力闘争を放棄し、トルコ政府との政治交渉に入るように、PKK,を説得している。それにNO2のムラト・カラユルランは、従おうとしていたが、PKK内部の強硬派の、反発を受けていた。
トルコの与党AKPは、6月の選挙で勝利した後、憲法を改正し、クルド問題の解決を目指しているだけに、アブドッラー・オジャランの判断は、正しいのではないか。
今回流れ始めて、途中でたち消えとなった、ムラト・カラユルラン逮捕の真相は、もう少し時間が経過しないと、分からないだろう。いずれにしろ、今回のニュースは、少なからぬ影響を、PKK内部に与えるものと思われる。