中東大混乱の中で、アメリカはいったい今何を考えているんだろうか、と思うことがよくある。アメリカにとっても、中東は重要な地域であろう。石油ガスといった、エネルギー資源の供給地であると同時に、アメリカにとって中東は、巨大な兵器輸出市場でもある。
もし中東の諸国、なかでも産油諸国が混乱すれば、エネルギーの入手も、兵器の輸出も、順調に動かなくなることは、誰が考えてもそうであろう。
アメリカにとって、リビアは不都合な国家であったろうか。リビアは核兵器の開発をやめ、ロカビー事件の補償をし、アメリカのオキシデンタル・オイル社の操業を、認めていたのではないだろうか。
国際的に評判は芳しくなかったとはいえ、カダフィ大佐はアメリカにとって、決して不都合な人物ではなかったはずだ。
シリアのバッシャール・アサド大統領もしかりだ。イギリスで眼科医の勉強をして帰国した彼は、シリアの中で西側諸国の論理を、十分に理解していた人物であろう。
ブルッキングズ研究所の研究者は、アメリカの中東対応で重要なことは、民主主義の実現、複数政党制の実現、女性の権利、だと指摘している。それらの項目については、カダフィ大佐もバッシャール・アサド大統領も、十分に承知しているはずだ。問題は、それがアラブ社会では、なかなか実現しにくいということだ。
もう一つのアメリカの中東に対する対応で重要なことは、アラブ・イスラエル和平の実現、イラン対応、テロリズムの撲滅、ということのようだ。これらの項目の実現も、時間を必要とするのは誰にも分ろう。
問題はアラブのリーダーたちと、アメリカの政権との、時間の物差しの違いであろう。それを早急に進めようとすれば、ある種の妥協が必要になってくる。アメリカがエジプトのムスリム同胞団を認知したのは、その結果ではないか。
エジプトのムスリム同胞団を認知するということは、ガザのハマースの間接的な認知につながり、アメリカの対中東政策の上では矛盾が出てくる。
アメリカはチュニジアのナハダ党(イスラム原理集団)や、シリアのムスリム同胞団との距離も、詰めているようだ。
それは危険な毒を含んだ、酒のようなものではないか、と思うのだが。穏健イスラム集団とアメリカは考えたいのであろうが、これらの集団は決して、穏健とは言い切れないからだ。いつの時点かで、これらの組織の本来の性格が出てくるのではないか、と懸念されてならない。