アラブ地域を襲っている大変革の嵐を、彼らは『津波』と呼び始め、最近では欧米が『アラブの春』と呼ぶようになっている。しかし、そのいずれも、的を射ていないのではないか。
私は今アラブで起こっている現象を『伝染病』と呼んできたが、同調者はいまだ現れていない。それは、ことの真相を、分かっていないからではないか。今アラブ世界を襲っている大変革の動きは、一定の地域だけのものではないことから、津波でないことは分かろう。もちろん、破壊力だけを表現するのであれば、その限りでもあるまいが。
それでは、この現象はアラブの春だろうか。アラブの全地域にも、長短はあるものの春があるが、それはきわめて短い期間だけに、過ぎないものだ。しかも、今は既に短い春が終わり、アラブ各地では炎熱の夏が、始まっているのだ。
しかし、いまだにアラブの大変革の動きは、止まらなさそうだ。そうであるとすれば、この現象は伝染病と捉えた方が、いいのではないか。命名にこだわるのは、その現象に対する命名の仕方によって、対処方法が変わるからだ。
あの変革が津波であったのなら、既に終わり、大衆蜂起があった国は、復興期間に入らねばならないのだが、いまだに変革は止まるところを知らず、大統領を追い出した、あるいは失脚させた国でも、いまだに混乱が続き、第二革命が予測されている。
あの現象がアラブの春であったなら、アラブの春は既に過ぎ去り、大変革が起こらなかった国は、安全だったということになろう。しかし、現実はそうではない。イエメンはいまだに激しい動きを示しているし(あるいは、アリー・サーレハ大統領が負傷し、サウジアラビアに治療に向かったことが、大衆蜂起の、終わりに繋がるかもしれない。)、シリアでも大衆の反政府反体制の動きは、激しさを増している。
そればかりではない、サウジアラビアが大金を投入して、軍隊までも送り込んだバハレーンでは、再度大衆の反政府の動きが始まりつつある。ヨルダンでも一呼吸した後のように、再度あわただしい動きが起こり始めている。
サウジアラビアがヨルダンにも大金を援助したのは、シリアの革命の機運がが、自国に押し寄せて来ないように、ヨルダンを防波堤に使おうとしているためだ、と言われ始めている。
サウジアラビアはこれまで、バハレーンに対して、200億ドル援助したといわれている。ヨルダンに対しても、50億ドル前後の援助が、行われたものと思われる。
エジプトについては、当初、ムバーラク前大統領を裁判にかけるのであれば、援助は一切しないと言っていたが、最近になって、40億ドルの援助を約束している。
アラブ最大の軍事大国であるエジプトを敵に回し、エジプトにサウジアラビアの仇敵イランとの関係を促進させたのでは、自国とイランとの関係が緊張しているだけに、不安になろうというものだ。
サウジアラビアはヨルダンとモロッコを、GCC(アラブ湾岸諸国会議)のメンバーに入れたいとも言い出しているが、それはアラブの王制諸国を守りたい、ということからであろう。
最近では、クウエイトでも政府と国民との間に、隙間風が吹き始めている。クウエイトには以前から、ビドーン(無国籍のクウエイト住民)と、シーア派国民の問題があり、加えて政府の汚職が一般国民の間に、不満を募らせ首相の退陣を求めるデモが起こっているのだ。
『アラブの津波』、あるいは『アラブの春』は決して共和国だけで、起こる現象ではないようだ。サウジアラビアは持てる大金を、アラブの友好諸国にばら撒くことによって、何とかアラブ王制諸国の国民の蜂起を、沈静化させようとしているが、そうは行くまい。やがてはサウジアラビアも例外ではなく、アラブの伝染病に罹るときが、来るのではないか。
その危険性があるのであれば、『伝染病の原因は何か?』『伝染病の伝播のルートは何か?』そして『治療方法は何か?』を突き止めなければなるまい。それ無しには、伝染病は確実にアラブの王制諸国にも、蔓延することになるのだから。