「アラブは軍・イスラム集団との対立が表面化へ」

2011年5月19日

 アラブ全域に及びそうな大衆蜂起の嵐の中で、今後、何がどうなっていくのかということが、最大の関心事であろう。現在権力を手にしているのは、誰であり、それに対抗するのは誰か、ということも関心の対象であろう。

 これらの疑問に対する答えの、部分的な兆候が表れ始めている。それは大衆蜂起により、体勢が打倒された後に、あるいは打倒の途上で、イスラム勢力が各国で、台頭してきているということだ。

 チュニジアではナハダ党と呼ばれる、前体制下では非合法だったイスラム集団が、政治的に力を付けつつある。エジプトでも、やはり前体制下では非合法だったムスリム同胞団が、政治的に躍進してきている。

 シリアでも、これまで沈黙を守り続けてきたムスリム同胞団が、アサド体制に対抗する姿勢を、鮮明に示した。シリアの場合、ハマ市で起こった暴動の際に、2万人にも及ぶ大虐殺があったことから、今回のムスリム同胞団の反体制の狼煙は、相当に思い切った決断だった、と言えるのではないか。

 こうしたアラブ各国のイスラム勢力の台頭に対し、現体制はどう対応していくのであろうか。例えば、チュニジアでは内務相が「ナハダ党が権力を握るようなことがあれば、軍はクーデターを起こす。」と明言している。

 エジプトの場合はやはり軍部が、しかるべき段階に至った時、ムスリム同胞団を抑えにかかるのではないか。現段階ではムスリム同胞団の政治的主張を、軍(軍最高評議会)は受け入れているが、それはお手並み拝見、ということではないのか。

 シリアの場合、もしアサド体制が崩壊して、ムスリム同胞団が台頭してきた場合、シリアの軍部がクーデターを起こすのではないか、と予想される。

 こうした軍部の予、想される動きが起こりうる裏には、今回のアラブ諸国で起こっている大衆蜂起の中で、その先端を切ったのは、世俗主義的若者たちであったという点に、注目しなければなるまい。

 彼ら革命の核となった世俗的青年層は、自国がイスラムによる、統治国家になることを、望んではいないのだ。そうであるとすれば、彼らが究極の段階で支持するのは、世俗的な軍(民族主義、愛国主義)ということに、なるのではないか。

 青年層によって始められ、大衆を巻き込み拡大した革命の動きは、実はイスラム勢力のメンバーの、あぶり出しなのかもしれない。そして、このイスラム勢力が政治的発言力を強めていく中で、大衆にイスラム勢力の危険性を実感させ、その上で軍部は動き出すということではないか。

 先のことを断定はできないが、大衆の意向、軍部の立場、イスラム勢力の動向から、現段階で予測できることはこのようなものだ。