「カダフィ体制火のある処から煙が立ち昇る」

2011年4月 4日

 盤石の体制がカダフィ大佐をして、41年間の長期安定政権を維持させてきた。彼の権力の前には、国民の誰もが膝まづいて来ていた。アラブ世界にあって、カダフィ大佐こそは唯一の終身元首かと思わせていた。

 しかし、そのカダフィ大佐にも終わりの時が、近付いてきているようだ。フランスとイギリスの攻勢、反政府派の抵抗闘争が一体となり、カダフィ派は最後の局面に、向かい始めているのかもしれない。

 つい最近では、元情報大臣を務めたことのある、いわばカダフィ大佐の右腕とも思える人物、ムーサ・クーサ外相がイギリスに亡命を図った。このことはカダフィ大佐にとっても、ショックだったのであろうが、彼は外国の情報機関にはめられたのだ、という感想を述べているということだ。

 彼以外にも、多くのリビアの要人が、亡命を図っている。その中には、親族のカダフダム氏も含まれているのだから、やはり状況はカダフィ大佐に、有利とは言えなさそうだ。

 最近、カダフィ大佐が最も高く評価している子息、サイフルイスラーム氏の特使ではないかと言われる、ムハンマド・イスマイル氏がロンドンを訪問した。彼はサイフルイスラーム氏の密使として、何か新しい提案を、持ち込んだのではないかと言われていたが、リビアの内部事情に明るい人物が、それを否定している。ギリシャに送られたカダフィ大佐の特使は、カダフィ大佐が最後まで戦いたい、と語ったと伝えている。

 こうしたカダフィ大佐のかたくなな姿勢に、嫌気をさしているカダフィ大佐側の、将校たちも現れたようだ。最近、カダフィ大佐が執務室件住居としているバーブ・アジージーヤの建物の中から、銃声が聞こえたということだ。

 このことについて、一部では若手将校がカダフィ大佐の路線に反対し、トラブルが起こったのだ、という説明をしているが、他方では、バーブ・アジージーヤに集められている、リビアの幹部が勝手にこの建物から出ることを禁じられているが、ある者が無許可で出ようとしたために、警告として発砲があったというのだ。

 いずれの情報が正しいかについては、即断はできないが、こうした要人の国外逃亡が重なり、カダフィ大佐の執務室兼住居でも、発砲事件が起こるということは、カダフィ体制に緩みが生じてきている、ということではないのか。

 南アフリカのデズモンド・ツツ師がカダフィ大佐辞任の後、彼に何の罪も追及しない、という妥協案を出した。そろそろ、カダフィ大佐も引きどころではないか。