今回のエジプトの大衆蜂起を契機に、エジプト国内ではナセル・ブームが起こっている、とヨルダン・タイムズが伝えている。
今更ナセル・ブームも無いだろう、と思いがちなのだが、現実はナセル・ブームが起こっているのだから、否定のしようがない。
今回の大衆革命の主舞台となった、タハリール広場の近くにある、ナセル党の事務所には、沢山の若者、が詰めかけているということだ。
ナセル人気を呼び起こしたのは、今回の大衆蜂起でエジプト国民が、エジプト人としての誇りを、取り戻したからであろう。
ナセル後のサダト大統領やムバーラク大統領は、イスラエルとの平和な関係を造り、エジプトがアラブの代表、盟主であるという立場を、捨ててしまった。
しかし、ナセルは1967年のイスラエルとの戦争で敗北するものの、彼はアラブの大義に立つという立場を、堅持し続けて死んだのだ。
さて、今回の大衆蜂起は大衆革命と呼ばれているが、実態は軍によるクーデターであった。それはあたかも、ムスリム同胞団が完成間近まで盛り上げていった革命を、ナセルの率いる自由将校団が、横取りしたのと同じ形だったのではないか。
そのクーデターを起こしたエジプト軍は、これからナセルと並ぶような、名誉ある立場を、アラブ世界の中で築くことが、出来るのだろうか。
その可能性となるものとしては、イスラエルとのキャンプ・デービッド合意破棄、あるいは、イスラエルへのシナイ半島のガスの供給停止、あるいは、ガザへの本格的支援、のいずれかであろうが、そのいずれも、エジプトを大混乱に導いていく、危険性があろう。
もちろん、そうした行動にエジプトが出るとすれば、イスラエルもアメリカも、ヨーロッパ諸国も親米アラブの諸国も、混乱の渦中に引き込まれることになろう。いまエジプトの最高権力者となった、タンターウイ国防相はそれだけの腹が、据わっているのだろうか。