最近、中東のニュースといえば、チュニジアの騒乱が一応沈静化に向かい、イギリスも旅行許可を出したようだ。それ以外には、イエメンのデモ、ヨルダンのデモが、世界中で取り上げられている。
パレスチナ自治政府のイスラエルとの秘密合意(大幅な妥協)も、話題になっているが、どれもメイン・テーマにはなっていない。やはり腐っても鯛ということか、エジプトの動向が世界中で、最大の関心を集めている。
このエジプトをめぐる報道のなかで、最近話題に上っているのは、ムバーラク体制後の新たな体制が、誰の手に渡るのか、ということのようだ。
現在、副大統領に就任しているオマル・スレイマーン氏、IAEA元事務局長のムハンマド・エルバラダイ氏、騒乱勃発後アメリカが直ちに訪問を受け入れた、サーミー・アナーン参謀総長、キファーヤ運動を主導したアイマン・ヌール氏、それにノーベル賞を受賞した化学者といった人士が、下馬評に上っている。
こうした下馬評のなかで、ムハンマド・エルバラダイ氏とムスリム同胞団の、接近が報じられ始めている。ムスリム同胞団はエジプト国内に、確固とした支持基盤を持っていない、ムハンマド・エルバラダイ氏を担ぎ出そうということのようだ。
この場合、主役はムハンマド・エルバラダイ氏ではない。あくまでも主役はムスリム同胞団なのだ、ということを勘違いすべきではなかろう。このイスラム集団について、間違った評価が日本の一部中東専門家や、記者によってなされている。
曰く「ムスリム同胞団は慈善団体であり、穏健なムスリム集団であって、過激派イスラムでも、原理主義者の集団でもない。」というものだ。そこで、このムスリム同胞団について述べるとき、過去のムスリム同胞団について、検討する必要があろう。
そもそも、ムスリム同胞団は1928年、エジプトのイスマイリーヤでハサン・バンナー氏が起こした運動だ。「イスラムに奉仕するムスリムの同胞たち。」と言う解説がウィキペデイアには載っているが、そんな生易しい組織ではない。
この組織はイギリスの傀儡的であった、当時のファルーク・エジプト国王体制を打倒するために結成された、革命集団なのだ。その活動がエジプトの、民族主義とイスラムが合体した形で、エジプト国内に拡大し、遂には革命が達成される段階に到っていた。
その流れを横取りして、革命に成功したのがナセル率いる、自由将校団だったのだ。当然のこととして、ナセルは革命に成功すると、ムスリム同胞団を撲滅する動きに出た。ハサン・バンナー氏の後継者であった、サイド・コトブ氏は処刑され、多くのムスリム同胞団員が処刑、投獄、拷問され、それを逃れた者たちは、主にアラブ王制諸国に逃れている。それはナセルがアラブ社会主義を唱え、王制の打倒を叫んでいたからだ。
エジプトに残ったムスリム同胞団のメンバーは、各職能組合の中心的存在となっていき、それらの組織を牛耳るに到っている。また湾岸諸国に逃れた者たちはイスラム学の教鞭を執っている者や、過去に執っていた者たちが多い。もちろん、かの地で実業家となり、成功した者たちも少なくない。
実業家になって成功した者たちは、エジプト国内の同胞団運動の、資金提供者となっている、それがあればこそ、ムスリム同胞団はエジプト国内で、大衆に対する援助活動、奉仕活動を続けてこれているのだ。
国内に残存した者たちは、ムスリム同胞団活動が禁止されているなかで、これらの職能組合を基盤に、選挙に立候補し、エジプト議会の議員を生み出していた。先の選挙では、それを全面的に押さえ込まれたのだ。
一説によれば、故サダト大統領もムスリム同胞団の、メンバーだったといわれているが、そのサダト大統領を暗殺したのは、イスランブーリという名の軍人だったが、彼はガマーア・アッタクフィール・ワルヘグラと呼ばれる、ムスリム同胞団から分裂して誕生した、イスラム過激集団のメンバーだった。
このガマーア・アッタクフィール・ワルヘグラという組織は、基本的にはムスリム同胞団の考え方に沿っているが、ムスリム同胞団が体制に妥協的になり、闘争精神が低下したことに対する、怒りから生まれたものだった。
湾岸諸国に逃れたムスリム同胞団のメンバーのうちで、たとえばサウジアラビアに逃れた者たちは、同国が莫大な石油収入で設立した、イスラム大学の教授に就任し、ムスリム同胞団の理論を講義している。その中から誕生したのが、世界的に知られるウサーマ・ビンラーデンであり、アルカーイダ組織なのだ。
パレスチナのガザで抵抗運動を続けている、強硬派のハマース組織は、ムスリム同胞団が、イスラエルに対する武力闘争を展開するために、別働隊として結成したものであり、思想の根本はムスリム同胞団のものなのだ。
このムスリム同胞団が今後、組織力と知性でポスト・ムバーラクの主役になっていく可能性は、高いと考えるべきであろう。ムスリム同胞団が実際に、ムハンマド・エルバラダイ氏を担ぐとすれば、あくまでも、ムバーラク体制を早急に倒すための手段であり、ムハンマド・エルバラダイ氏は短期的に、ムスリム同胞団に必要な道具に過ぎないだろう。
ムスリム同胞団は穏健路線を口にし始めているが、他方では、イスラエルとの合意を認めない、とも語っている。もし、ムスリム同胞団が主導権を握ることになれば、エジプト国内は一変し、エジプトと他国との関係にも、大きな変化が起こるであろう。そうしたことを考えた場合、「ムスリム同胞団は穏健で慈善活動をする宗教集団」などと安易に考えるべきではあるまい。