叔父と父親を、サダム時代に亡くした、イスラム教シーア派の名家、サドル家の跡継ぎの名は、モクタダ・サドル師だ。彼は家族の名声を持って、サダム打倒後、一躍イラク国内で力を増していった。
2006年から2007年にかけては、駐留アメリカ軍と、一戦を交えている。彼の追従者の数は多く、マハデイ軍と呼ばれる、ミリシアはしかるべき戦果を、アメリカ軍との戦いで挙げている。
その後、国内的に虐殺の首謀者として、問題となったモクタダ・サドル師は、イランのクムに逃れ、イスラム教の勉強をしていた。その理由は、彼の叔父や父親は、アーヤトッラー(アヤトラ)であったにもかかわらず、彼はアヤトラの称号を、持っていなかったからだ。
モクタダ・サドル師は3年間の留学の後に帰国したが、多数の支持者たちが彼を迎えたことは、述べるまでもあるまい。彼の追従者たちにしてみれば、偉大な指導者が帰国したのであるから、当然の歓迎であったろう。
しかし、それとは反対に、マリキー首相を始めとする、現在の政治の中枢の人たちは、彼の帰国に危機感を感じ始めている。それは、駐留アメリカ軍とて同じだ。もし、モクタダ・サドル師が再度、イラク国内政治に口を出し、せっかく成立しつつある連合政府を、潰してしまう危険性があるからだ。
したがって、現在の政権の側の人々や、野党側の人たちにとって、モクタダ・サドル師の帰国は、悪魔の来訪のように、映っているであろう。
さて、このモクタダ・サドル師の今後の動向だが、はたして彼は以前のように、イラク国内政治を混乱に貶めることを、考えるであろうか。私の予想をズバリ言わせていただくと、それはないだろうということになる。
その理由は、既にモクタダ・サドル師が、イラクの政治潮流の、主役ではなくなった。彼の留守(クム留学)の間に、相当の調整と話し合いが、イラク国内各派の間で、行われたからだ。それを覆すのは、モクタダ・サドル師といえども、そう簡単ではあるまい。
もう一つ明るい予想をする根拠は、イランが新制イラク政府について、歓迎する立場を明らかにしているからだ。シーア派主導のマリキー政権が続き、イラク国内でシーア派の存在が、安定的になるということは、イランにとって大きなプラスであろう。
しかも、イラク新政府は今年中の、アメリカ軍の撤退を希望してもいる。ここで、モクタダ・サドル師が暴れ出すことは、アメリカ軍の駐留引き延ばしに、口実を与えることになるからだ。モクタダ・サドル師はイラン側から、その辺をよく説得されて、帰国したのではないか。
また、イラク新政府はシーア派のアヤトラである、シスターニ師とまではいかないまでも、モクタダ・サドル師に一目置くような、立場を造るのではないか。もしそれで、イラク国内が安定化していくのであれば、日本にとっても大きなプラスであろう。