もとガザの治安責任者を務めていた人物に、ムハンマド・ダハラーン氏がいる。彼は故アラファト議長の寵愛を受けていたこともあり、若くしてファタハの幹部メンバーの一人に、名を連ねていた。
しかし、ガザで行われた選挙でファタハが敗れ、その後の武力衝突でもハマースが勝利し、ファタハのメンバーはガザから、離れることになった。以来、ムハンマド・ダハラーン氏は、ヨルダン川西岸地区に移り住んだわけだが、治安面での責任者の立場には無くなった。
そこで彼が力を入れ始めたのが、ビジネスと権力闘争であったのだろう。以前から、彼がパレスチナ自治政府のトップの座を、狙っているという情報が流れていた。
権力闘争で勝利するためには、沢山部下を抱えておく必要があるため、資金が必要となり、ビジネスに手を出したのかもしれない。まさに権力闘争とビジネスとの話は、「鶏と卵」の話に似通っていよう。
最近になって、マハムード・アッバース議長が進める、和平努力は何の成果も生み出さないことが明らかになり、アメリカは仲介に失敗したことを、公然と口にした。
そうなると、ムハンマド・ダハラ-ン氏の側は、強気でマハムード・アッバース議長を責めることが、容易になってきた。そこで対抗策として、マハムード・アッバース議長はムハンマド・ダハラーン氏の資金源を断つべく、彼の経営する、テレビ会社を閉鎖させた。一説には、彼の会社ではないという話もあるが、ほぼムハンマド・ダハラーン氏の所有と見て、間違いあるまい。
しかし、ムハンマド・ダハラーン氏の資金源を断ったからと言って、安心できるわけではない。ムハンマド・ダハラーン氏の主張する、マハムード・アッバース議長に対する不満は、パレスチナ人の多くが抱いている不満だからだ。場合によっては、マハムード・アッバース議長の子飼いのはずの、ファタハのコマンドの多くと、パレスチナ自治政府の警察が、ムハンマド・ダハラーン氏の味方に付く、可能性があるのだ。
多分、マハムード・アッバース議長は現段階で、相当身の危険を感じているのであろう。なぜならば彼は、もしパレスチナ問題に進展がなければ、議長のポストから降りたい。西岸はアメリカやイスラエルが支配してくれた方がいい、とまで言い始めているのだ。
彼はいまトルコを訪問しているが、多分にトルコのエルドアン首相に、泣きついているのではないか。アラブ諸国は莫大な援助を約束するものの、ほとんどがから手形であり、実行されていない。加えて、身の危険がせまってさえいるのだから、やっていられないというのが本音であろうか。
パレスチナのマハムード・アッバース議長はいま、ガザのハマース・グループとヨルダン川西岸のムハンマド・ダハラーン氏のグループという、二つの敵を抱え込んでいるということだ。
しかも、ハマースはシリアとイラン、そしてレバノンのヘズブラが支援しており、ムハンマド・ダハラーン氏とそのグループは、アメリカとイスラエルの厚い信頼関係があるのだ。
マハムード・アッバース議長が切った「パレスチナ自治政府議長辞任」のカードは、もしそのままに推移すれば、イスラエルが西岸地区のすべてを、コントロールすることになるわけであり、資金的にも、治安上も、外交上でもイスラエルが極めて高いリスクを、背負うことになる、ということだ。
つまり、マハムード・アッバース議長は、弱腰のように見せかけて、イスラエル政府を恫喝した、ということではないのか。