アラブの親しい友人が来日した。さっそく飯を食おうということになり、あるレストランで落ち合った。最初は相互の家族、仕事状況の話をしたり、冗談を言い合っていたのだが、途中からどうしても聞いてみたい、エジプトの状況を聞くことにした。
まず最初に聞いてみたのは、エジプトの庶民の生活状況だった。最近では食料品の高騰に加え、電気、水で困っているというニュースが、伝えられていたからだ。ナイルの大河を擁し、アスワン・ハイダムを持つエジプトが、何故水と電力に事欠くのか、ということが私の素朴な疑問だった。
この点については、ナイル沿岸諸国会議があり、エチオピアやスーダンがエジプトよりも、川上に位置している。このため、エチオピアがダムを造ると、エジプトに流れてくる水量は減り、発電量も減るというのだ。言われてみれば、確かに数ヶ月前、ナイル川の水の配分を巡って、問題が起こり妥協が生まれないままになっていた。
エチオピアがダムを造ることについて、彼はイスラエルがエジプトを困らせるために、エチオピアをけしかけているのだと語っていた。ナイル川はエジプトにとって、貴重な財産ではあるが、同時に危険な存在でもある。
何十年か前の話だが、イスラエルがエジプトに対し、アスワン・ハイダムを破壊することも出来る、と脅したことがある。もし、それが実行されれば、数時間後にはカイロの街のほとんどが、水面下に埋もれてしまうことになるのだ。それは現在、パキスタンが直面している、水害の規模に相当するのではないか。
食料の高騰は相当に大衆の生活を、脅かしていると言っていた。一番の問題は、巨万の富を持つごく一部の国民の反対側には、大多数の貧民層がいることだ。以前いたような中間層は、完全に消えたよと彼は語り、俺もその貧民層の一人さ、と自嘲的な笑いを浮かべていた。そのことは、いまのエジプトでは自然発生的な暴動が、いつ起こっても、不思議ではないということだ。
次期大統領候補については、至って明快な意見を聞かせてくれた。ムバーラク大統領は終身大統領で死にたい、と考えているため、ガマール(次男)は立候補を明らかにしていないのだ、ということだ。加えて、彼が病弱であることも、その理由だということだ。
いま大統領候補として話題になっている、元IAEA事務局長のムハンマド・エルバラダイ氏については、長期の外国暮らしのため、彼はすでにエジプト人ではなくなっている。例えば、彼が主催するホーム・パーテイで、突然姿が見えないので、どこに行ったのかと探すと、就寝の時間だから、自室に戻ったということだった。
こんなことは、エジプト人が開くホーム・パーテイでは絶対に起こり得ないというのだ。したがって、彼がエジプトの大統領になる可能性は、ゼロだろうということだ。
それではムスリム同胞団から、大統領候補者が出るのかというと、もし万が一当選しても、すぐに軍部がクーデターを起こして、その政権を潰すだろう。エジプトは軍部が最大の力を、今でも持っているんだ、ということだった。
そうなると、候補が予想される誰もが、出てこないことになるが、他方、ムバーラク大統領は最近、歩行に困難があり、講演も支離滅裂に、なってきているという話だ。そうなれば、次に考えられる人物は、軍部からか、ムバーラク家からかということになる。
友人はこれまで、政治に興味を示してこなかった、ムバーラク大統領の長男のアラーア氏が、最近になって、大統領後継者になることを、意識し始めているようだ。どうも彼がそのことを意識して、動き始めている様子が、うかがえると語っていた。彼の出現で、アラブの大国であるエジプトが、安定した権力の移行が出来るのならば、それに越したことはあるまいということか。