IAEAの事務局長として、世界的な活躍をし、ノーベル賞も受賞したムハンマド・エルバラダイ氏が、母国エジプトに帰り、大統領選挙への出馬の意向を明らかにした。
そのことは、この欄で何度か書いたので、多少の事情はお分かりいただけたろう。 つまり、アラブ世界の中で最も進歩的なエジプトですら、実は自由選挙はありえないのだ。
湾岸の王国では、自由選挙どころか、選挙そのものが無い国も多い。あるいは、選挙は形式的には行われるが、ほとんどは国王の指名で決まる、というケースもある。共和国でも同様で、裏で大統領から指名を受けた者が、選挙の型式を踏んで、国会議員になる場合が少なくない。
こうしたアラブ諸国の選挙事情から、今回イラクで行われた選挙をめぐり、周辺諸国からは、あまり芳しくない受け止め方が、なされているようだ。
当然のことながら、アラブ各国の国民は、自由な選挙を実施して欲しいと願っている。しかし、政府はそうはしてくれないのだ。そこで、今回イラクで自由な選挙が行われたことが、アラブ各国の国民に少なからぬ影響を、与えることになったと思われる。
もし、自由な選挙がアラブ各国で実施された場合、どのようなことが起こるのであろうか。第一には、立候補者には知性や教養というよりも、土地の名士が選ばれるということだ。もし、彼に対抗馬がいれば、金やモノを配って、買収するのは当然のこととなる。
そして結果が出た段階では、落選者側の部族やグループが、当選者側のメンバーに対する、武力攻撃を行うこともあるのだ。あるいは、選挙の投票が行われる以前の段階から、武力衝突が起こることもあるのだ。
共和国ではこうした事情から、指名による候補者の選出と、その後の選挙といった、パターンが生まれてくるのだ。つまり、政府は混雑や武力衝突を避けるために、事前に候補者を整理したうえで、選挙活動をさせ投票させるというものだ。
残念だが、アラブ諸国では部族や血族の結束が、いまだに非常に強く、それが直接的に選挙に影響を及ぼすことになる。したがって、政府が薦める手法は、あながち間違いではない、ということになってしまうのだ。
それでも、国民は自由選挙を希望する。したがって、今回のイラクの自由選挙は、アラブ各国政府にとっては、全くもって迷惑な話ということになる。
イラクでは選挙が自由に行われたとは言うものの、立候補者は部族、宗派、グループなどによって選ばれたわけであり、選挙結果がその後の衝突を、生み出す危険性は、他の国の場合と同じだ。しかし、名目的であれ実質であれ、自由選挙が行われたことに対する、嫉妬は他のアラブ諸国の国民の間で広がろう。アラブは嫉妬の世界でもあるのだから。