IAEAの事務局長、という要職を勤め終えたエジプト人、ムハンマド・エルバラダイ氏が帰国した。彼をカイロ空港で待ち受けていたのは、凡そ1000人ほどの人たちだった、と伝えられている。
本来は、もっと多くの人たちが、彼を出迎えるはずであったが、警察の制止により、カイロ空港に到達できなかった、ということだ。
ムハンマド・エルバラダイ氏を迎えた人たちのほとんどは、彼がエジプトの次期大統領選挙に、立候補してくれることを、期待していている人たちだ。彼らはムバーラク大統領(81歳)が、ほぼ30年の長きに渡り、エジプトの大統領職に留まっていることに、うんざりしているのだ。
これまで何人かの人たちが、ムバーラク大統領の後任候補として、下馬評に上ってきたが、いずれもムバーラク大統領によって、体のいい転職をさせられたり、投獄されたりして、選挙そのものに、挑めずに終わっている。
今回取りざたされている、ムハンマド・エルバラダイ氏はどうであろうか。彼は公正な選挙が行われるのであれば、立候補してもかまわない、ということを語っているが、積極的に大統領選挙に、打って出るという姿勢は、いまだに示していない。
確かに、ムハンマド・エルバラダイ氏は、世界的に知られる要人であり、ムバーラク大統領に挑戦するに、ふさわしい人物かもしれないが、選挙での勝利どころか、選挙に立候補することさえも、難しいのではないかと思われる。
まず、彼が立候補するとすれば、エジプト以外の国籍を、放棄するのか、ということだ。彼は多分、アメリカ国籍を有しているであろうが、それを保持したまの二重国籍では、大統領選挙に立候補できまい。
つまり、大統領選挙に立候補するのであれば、彼は外国の国籍を、捨てなければならないということだ。そのことは、その後の彼の立場を、大幅に弱いものにする、ということを意味している。
その場合、彼はエジプト国民(国籍)だけということになり、ムバーラク大統領が彼を逮捕しようと思えば、あらゆる理由で逮捕でき、投獄できるということだ。もし、二重国籍のままであれば、彼は外国の国籍の国に対し、保護を求めることが出来ようが、エジプト国籍だけになってしまえば、そのガードは無くなるということだ。
以前、カイロ・アメリカ大学の教授が「ゴモロケア=共和王国=共和国だが実質は王国=世襲で大統領が決まるという意味」なる造語で、ムバーラク体制を批判し、投獄されたことがある。
彼は妻がアメリカ人で、彼もアメリカ国籍を有していたことから、アメリカ政府と大使館の、強い働きかけで、牢獄から出ることが出来、国外に逃れることが可能となった。
「キファーヤ運動=イナフ=もうムバーラク大統領は十分勤めたから辞任しろという意味」」の中心人物アイマン・ヌーリ氏は投獄され、後、政治活動をしないという念書を書かせられ、やっと刑務所から出してもらえた、という経緯がある。
そして、ムハンマド・エルバラダイ氏が、大統領に立候補しうるために、必要なもう一つの問題は、彼を大統領に推薦する議員が、果たして必要なだけ集まるか、ということだ。エジプト国民の多くは、彼をエジプト国民というよりも、エジプト生まれの外国人、とみなしているからだ。
エジプト国内で政治の自由化を求めて、活動を展開し続けてきた古参の活動家や、政治家たちにしてみれば、ムハンマド・エルバラダイ氏は、地上が制圧された後に、パラシュートで降下して来た、外人部隊のようなものだ。
一部のエジプト人たちは、彼を持ち上げて、民主化を騒ぎ立てるだろうが、実際には何の効果も変化も、エジプトの政治には、生み出さないのではないか。それどころか、結果的に、ムハンマド・エルバラダイ氏が、ムバーラク大統領の傘下に入ることになれば、ムバーラク大統領の地位は、より強化されるということではないか。
つまり、ムハンマド・エルバラダイ氏の帰国をめぐる、大統領選挙立候補の騒ぎは、反ムバーラク派の人たちの、ほんの一瞬の清涼剤にしか、ならないのではないか。もちろん、選挙はまだ先であり、どのようなどんでん返しがあるかは、誰にも分からないことではなるが、そう考えるのが、いまのエジプトの国内状況からすれば、常識的ではないか。