今年の3月にはイラクで、統一地方選挙が実施されることになっているが、旧バアス党員は立候補できない、という決定が政府によって下された。この旧バアス党員は立候補禁止、という条項に関わる、著名な立候補予定者は、少なくないようだ。
サッダーム体制下での、非人道的な数々の蛮行を考えれば、確かに旧バアス党員を、政治家にすることの危険さを感じるのだが、だからといって、それだけの理由で、ボイコットするのでは、逆に今後問題が、大きくなるのではないか、と懸念される。
述べるまでもなく、イラクで国会議員に立候補する人たちのほとんどは、各部族のリーダー的な立場にいる人たちだ。彼らはおのおのの、部族を代表して立候補し、当選すれば自部族の利益を、最優先に考えて行動するのは、当たり前のことだ。
そうなると、特定の部族から立候補できなくなるということは、その部族や立候補予定者の出身地域の利益が、図られなくなるということでもある。そうなれば、そのことに対する反発が、生まれてくるのは当然であろう。
そのことにあわせ、無視できない点がある。それは、かつてバアス党員だった人物が、バアス党の思想を受け入れていたのか、それとも、サッダーム・フセイン大統領を支持していたのか、にもよるのではないか
バアス党の政治思想は、決して問題があるとは思えない。アラブ世界あるいは大陸世界では、沢山の民族が移動し、定着し現在の国家が出来上がっている。そのため、一国に何十もの民族種族の人たちが暮らしており、彼らの宗教宗派の数も何十種類もあるのだ。
中東のレバノンは小国だが、何十もの異なる宗教宗派民族が住んでいるために、モザイク国家と呼ばれている。そこでは、各宗教宗派民族間の関係が、極めて複雑になっており、ちょっとしたことが原因で、武力衝突を生むことになるのだ。レバノン内戦が15年以上も続いていたことを思い起こせば、この問題がいかに複雑かが分かろう。
イラクはスンニー派シーア派クルドの三つに分割できる、とよく言われるが、それほど単純ではない。この国の場合も、スンニー派のなかにも、シーア派のなかにも、クルド民族のなかにも、幾つものグループが存在するのだ。
バアス党の考え方は、そうした宗教や民族宗派の違いを超えて、世俗的な平等の国家を創っていこうというもので、モザイク国家に苦しんだレバノンの、ミシェール・アフラクという人物によって、提唱されたものだ。サッダームフセイン大統領や シリアの故アサド大統領は、自分の権力強化に、バアス党のシステムを利用したに過ぎない。
サッダーム・フセイン大統領が権力強化に、バアス党のシステムを利用する一方で、国民、なかでも優秀な国民は、バアス党員になることによって、出世する事を考えたのだ。バアス党員だったからといって、バアス党の思想を、全面的に受け入れていたとは限らないのだ。
かつて、サッダーム体制が崩壊する少し前に、何人かのイラク人外交官と、個人的に話をしたことがあるが、その時ある人物は「バアス党の考えそのものは、複雑な国民構成で出来上がっている、私の国のような場合には理想的なのだ。」と話していた。またある者は「バアス党員で無いと出世できないし、自分も地位が危うくなるから。」と正直に語っていた。
イラクが新しい国づくりに向かうためには、ある意味で、イラク国民の全てがバアス党統治システムの被害者であり、サッダーム・フセイン大統領の被害者だったという観点に、立たなければならないのではないか。それ無しには、更なる国内対立を生み出す原因を、創るのではないかと思われてならない。アメリカの指導によるのか、はたまた、マリキー首相のバアス党復活への、懸念からのものなのかは分からないが、再考の要ありではないのか。