来年の1月には、イラクで国会議員選挙が、実施される予定になっている。しかし、その選挙が延期されるのではないか、という情報も飛び交っている。
それは、イラク政府内部で選挙法をめぐり、対立が生じているからだ。なかでも、クルド地区にまたがる、キルクーク地域の選挙については、クルド側とスンニー派シーア派アラブとの間で、なかなか調整がつかないようだ。
、キルクーク地域の選挙が困難なのは、同地域がサダム体制の時代に、クルド人追放、アラブ人トルコマン人の移住が行われたが、サダム体制崩壊後、逆にアラブ人トルコマン人を追放し、クルド人が多数居住するようになったからだ。
こうなると、クルド地域の選挙で、投票権を誰が持っているのか、ということが大問題になる。キルクークが大石油産地でもあることから、その所属をめぐっては、利害が露骨に絡んでいるだけに、いずれの側も譲れないようだ。
イラクの選挙実施が混乱を極めているなかで、キルクーク地域の選挙問題に加え、バアス党メンバーの動きが警戒され始めている。旧バアス党メンバーは、かつての組織的な強さを生かし、世俗政党集団にもぐりこみ、復活してくるのではないか、と思われ始めているからだ。
アメリカの意向を受けてか、マリキー首相がイスラム教シーア派集団を離れ、世俗的な政党間の連帯を図り、権力の座を維持しようとしている矢先なだけに、なかなか簡単ではなさそうだ。
確かに、バアス党はかつてイラク全土を支配していただけに、ノウハウを持っているし、組織力もあろう。加えて、アメリカ軍の侵攻後のイラク国内復興が、スムーズに進んでいないだけに、イラク国民の潜在的な、バアス党に対する待望感はあろう。なかでも、スンニー派の国民の間には、サダム待望論さえあろう。だからこそ、この前サダム処刑記念日を前後して、サダム特集番組が、テレビで放映されたのであろう。
他方では、バアス党の復活懸念は、あくまでも政党間の駆け引きだ、とする意見もある。バアス党の脅威を再確認させることと、他の政党を非難攻撃するうえで「。。党はバアス党と組んでいる。」という噂を流しているのだというのだ。
しかし、それほどバアス党復活の動きは、簡単な話ではないのではないかと思われる。それはアメリカの7年にも及ぶイラク統治が、いまだに目に見えた復興を成し遂げていないからだ。