ヨルダン川西岸地区入植者の増加とパレスチナ人労働者

2009年9月 6日

 これまで、東エルサレムはパレスチナ人地区であり、西エルサレムはイスラエル人の地区だとされてきた。つまり、聖地エルサレムを挟んで、イスラエル人とパレスチナ人との、棲み分けが成り立ってきていたのだ。

 しかし、最近になってこの棲み分けが、守られなくなってきている。パレスチナ人地区であるはずの、東エルサレムにあるパレスチナ人の住宅が破壊され、そこに新たな住宅が、イスラエル人のために建設されるように、なってきているのだ。

 東エルサレムばかりではない。ヨルダン川西岸地区にも、イスラエル人(ユダヤ人)用の、多くの入植地が建設されているのだ。このため、西岸地区の入植者の数は、既に50万人近くまで達している、といわれている。

 これは、パレスチナ人の側からすれば、西岸地区からのパレスチナ人追放目的の行動であり、将来的には、全てのパレスチナ人が、西岸地区から追放されてしまうという悪夢を、抱かざるを得ない状況であろう。

 ところが、このイスラエルが進める入植地の建設には、追い出される側の、ヨルダン川西岸のパレスチナ人が、従事しているのだ。彼らにしてみれば、それ以外に仕事が無いのだから、悔しくてもその仕事に、従事せざるを得ない、ということであろう。

 アメリカのオバマ政権は、イスラエルの進める入植地の拡大について、表面的には反対しているが、現実は、リップサービスだけではないのか。それは、ヨーロッパ諸国も同じであろう。声高に入植地の建設に反対するものの、ネタニヤフ首相に入植地の拡大を、断念させる効果は、全くと言っていいほど無い。

 ネタニヤフ首相は入植地の拡大について、居住者の家族が増えていることや、親族たちが一緒に住みたいという、人道的理由と自然増加によるものであり、これを阻止することは、出来ないと弁明している。

 それでは、そのために農地を失ったり、住居を失っているヨルダン川西岸のパレスチナ人は、どうなるのかということになるが、イスラエル側にはパレスチナ人の、そんな苦情に耳を貸す意志は、無いということであろう。

 シャロン首相が健康な時期には、ガザをパレスチナ人に返還し、その分、ヨルダン川西岸地区の一部を押さえるのだ、といった考え方が流布していたが、それをいま実行している、ということであろうか。

しかも、イスラエル人のなかには、将来的には、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人を、ヨルダンに全て追いやり、ヨルダン川西岸地区の全てを、イスラエルの領土に加える、という考えを持っている人が、少なくないようだ。

 パレスチナ人の入植地建設に携わる労働者たちは、彼らが入植地を建設することで、ますます自分たちの居住地域が、狭められていくことを、十分理解している。それでも、その仕事を続けなければ、家族を養っていけないのだ。

 この状態は、まるで自分が埋葬される墓穴を、掘らされているようなものであろう。そのことへの怒りが、再度爆発するかもしれない。西岸地区からは、第三のインテファーダ(イスラエルに対する抵抗闘争)勃発の兆しが、伝えられてきている。(第一回インテファーダは1987年に、第二回インテファーダは2000年に起こっている。)