犬という言葉の意味はアラブでは軽くない

2009年8月10日


 

 アメリカの映画(ジョン・ハンバーグ監督の「40男のバージンロード」)の中で、犬の名をサダトと名づけたことが、いまエジプトとアメリカとの間で、大問題になっている。サダトとは述べるまでもなく、現在のムバーラク大統領の前の、エジプトの大統領アヌワル・サダト氏の名前と、同じなのだ。
 このことにエジプト人が腹を立てて抗議し始め、ついに故サダト氏の娘ロカヤさんも抗議するに到った。自分の父親の名前を犬につけたということは、エジプトを始めアラブ世界では、極めて侮辱的なことなので、当然であろう。
 何故犬が侮辱なのかについて説明すると、犬は狂犬病の原因であることから、預言者ムハンマドの時代に、犬は汚れた動物という認識があった。このため預言者ムハンマドは、犬にかまれた場合の対処法まで語り、それが預言者の言行録(ハデース)の中にも記載されて、今日まで伝えられているのだ。
 いまでこそ、狂犬病対応の治療方法が確立しており、予防注射もあるが、1500年ほど前の、預言者の時代には、そのような治療法などなかった。そこで、預言者ムハンマドは犬にかまれた傷口を、土で7度こすれと教えているのだ。
 イスラム世界、なかでもアラブ世界では、犬は狂犬病の元として毛嫌われ、犬を飼う人は極めて稀だ。イスラム世界のなかで、例外は羊などを放し飼いにしている、トルコや中央アジアなどではないか。これらの地域では、羊の放牧のために、犬を飼っている場合があるからだ。
 アラブ世界では、犬のことをキャルブというが、口げんかになると相手を「ヤー・キャルブ=オー犬め=汚れたやつ、毛嫌われるやつ」「イブン・キャルブ=犬の子め=汚れたやつの子、毛嫌われるやつの子」などと言って罵倒するのだ。そういわれた相手も、同様の言葉でやり返すことは当たり前だ。
 当然のことながらアラブ世界では、人に対して「犬=キャルブ」と言うことは、最大の侮辱であり、そう言った場合には、相手から暴力を振るわれることも、覚悟しておくべきであろう。
嘘だと思うなら、アラブに行ったときに、相手の人にそう怒鳴ってみたらいい。こっぴどく殴られるか、100倍の悪口で仕返しを受けることになるだろう。それ以上に、その言葉を口にした人が、非常識な人として軽蔑されよう。
アメリカの映画を作った側の人は何を考えて、犬にサダトと命名したのか知らないが、結果は最悪となろう。アラブ人なかでも、エジプト人はこのことについて「ユダヤの陰謀だ。イスラエルとエジプトの和平を潰す意図がある。イスラエルはエジプトを攻撃するために挑発しているのだ、、、。」とどんどん妄想を広げていこう。
犬にサダトと命名したことが、無知の結果だったのか、あるいは意図的なものだったのかは、命名者に確かめなければならないが、ことは簡単ではない、ということだけは確かだ。
以前、タイでは子供の頭をなでることは、ご法度だと聞いたことがある。子供の頭には、仏様が宿るからだとか。日本人は「かわいいですね」という表現のときに、往々にして子供の頭をなでるが、それは場所によっては、とんでもない失礼なことに、なるのだということだ。アラブにもアジアにも、そうしたことは沢山あるだろう。今回の犬に大統領の名をつけたというのは、やはり何らかの意図があったと思えるのだが。