アメリカ軍の撤退が現実のものになっているいま、イラク国内では次第に緊張が、高まってきている。来年中にはイラク駐留のアメリカ軍が、三分の一の規模に縮小される予定だ
そこで問題になって来るのは、バルザーニ氏が主導するクルド自治政府の、キルクークに対する立場だ。バルザーニ議長はキルクークを、クルドの固有の領土と主張し、クルド政府の教育省の幹部を集め、この点を強調している。つまり、クルド人の学校ではキルクークを、クルド人の領土だと教えろ、ということだ。
しかし、イラク中央政府はキルクークを、クルドの領土ではないと主張し、キルクークの資源がイラク中央政府の、管轄下に入ると主張している。サダム体制下ではクルド人が多数、キルクークから追放され、アラブ人やトルコマンが、その代わりに移住させられていた。しかし、2003年のサダム体制崩壊後は、クルドの武装集団(クルドの軍隊)ペシュメルガが、キルクークを支配し、アラブ人やトルコマン人を追放する動きに出た。
つまり、キルクークをめぐって二つの問題が、イラク中央政府とクルド自治政府の間に、存在するということだ。一つは、キルクークの帰属の問題であり、もう一つは民族問題だ。
キルクークはイラク南部と同様に、莫大な石油資源の埋蔵されている地域であり、クルド自治政府もイラク中央政府も、それぞれにコントロールしたいと望んでいる。このため、イラク中央政府はクルド自治政府が、外国企業と交わした石油取引を、無効であるとして破棄させている。
他方、クルド側は一日も早くキルクークの石油資源を、独占したいと望んでいる。だからこそ、イラク中央政府の意向を無視してでも、石油開発販売の契約を外国企業との間で、独断で進めたのだ。
民族問題についてはすでに述べたとおり、キルクークはこれまでに、複雑な展開をしてきているために、誰が元々の住民なのか、分からない状況になっている。アラブ人やトルコマン人少数民族が、彼らの居住を主張する一方で、クルド人は自分たちがサダム体制下で、追い出されたのであって、自分たちにこそ権利があると主張している。
この二つの理由から、クルド自治政府とイラク中央政府との間で、戦争が起こるのではないか、と言う懸念が膨らんできている。そればかりか、キルクークとその周辺に住む各派各民族は、それぞれに武装を強化しており、政府レベルではない、部族レベルでの武力闘争が起こりうる状況にある。
もちろん、イラク中央政府もクルド自治政府も、内戦が勃発することを望んではいないのだが、状況が微妙なだけに、暴発の可能性は高いのだ。なかでも、トルコの支援を仰げるトルコマンは、武装を強化しているという情報がある。トルコマンのスポークスマンは、「クルドの動きを分離独立につながる。」と警告を発している。
しかし、トルコ政府とクルド自治政府との、良好な関係を考慮すると、直接武力闘争が起こるとすれば、アラブ対クルドではないか。現実に、イラク中央政府12師団のアブドルアミール・アッザイデイ師団長は、クルド側の動きを警戒している。
こうしたイラク国内の緊張に対し、アメリカはどのような対応をしているのであろうか。アメリカは自国軍の撤退を控え、出来るだけ話し合いで、アラブ・クルドの緊張を、緩和させてほしいと望んでいる。7月20日に予定されている、オバマ大統領とマリキー首相との対談では、オバマ大統領がマリキー首相に対し、クルドへの妥協を迫るのではないか、という予測が出ている。
それとは別に、最近サドル師とハキーム氏が、イランで会談しているが、これはイラク中央政府の、安易な妥協を許さないための、ものではないかと思われるのだが。そうなると、緊張が緩和すると考えるよりも、今後は逆に高まって行く、と考えるべきではないか。