先日、アメリカのジョー・バイデン副大統領がイラクを訪問したが、その折に、イラク国民の和解工作に、アメリカが乗り出すことを提案した。もっと明確にいえば、アメリカがイラク国民の和解を、取り仕切るということだ。
これに対して、マリキー首相は明確な、拒否の立場を表明している。マリキー首相の代理で、政府のスポークスマンであるアリー・ダッバーグ氏は「アメリカはイラクの国内問題に口を出さないでほしい」と言ったのだ。
イラク国内はいま、2011年年末までの、アメリカ軍の全面撤退を控え、スンニー、シーア、クルド各派が、微妙な駆け引きをしている段階であり、少しでも間違いが生じれば、それは暴発する危険性をはらんでいる。
イラクで最も重要な問題である、キルクーク地域の帰属は、この場所が大産油地帯であることから、スンニー、シーア、クルドの間で、なかなか妥協が生まれにくい。各派はキルクークをめぐり、自分たちのテリトリーを拡大しようと、争ってきているのだ。
したがって、スンニー派地域とクルド地域との分離線をどう引くのか、クルド地区に居住するスンニー派シーア派の人たちをどうするのか、キルクークから追い出された人たちを、どうするのかといった問題を、マリキー首相は解決しなければならないのだ(サダム時代にはクルド人が追放され、サダム後はスンニー、シーア・アラブ人がキルクークから追放されている)。
もう一つの問題は、旧バアス党員をどう処遇するかということだ。アメリカ政府はバアス党員を一旦、全面的に政府から締め出したものの、その後、彼らの統治能力を再評価し、政府に引き戻すことを考えてきたようだ。
一説によれば、情報関係に携わっていた旧バアス党員の、90パーセントが既に復帰しているということだ。現実に、知人のバアス党員も現在、イラク政府の高い地位に復帰している。
しかし、マリキー首相にしてみれば、旧バアス党員の公務員職への大量復帰は、事務処理の能率は上がるものの、彼にとってきわめて危険なものであり、不安なものであろう。
これとは直接関係ないかもしれないが、最近になって西側マスコミに、サダム関連の記事が多く見かけられるようになった。その中には「サダム時代の方がゲイには自由があった」といった内容の記事もあった。
アメリカは大幅な兵員の引き挙げを前に、再度サダム体制、バアス党体制の評価を、しているのかもしれない。旧バアス党員の組織力や、事務処理能力が高いことは、常識で考えてもわかることだ。だからと言って、彼らはすべてが「サダム万歳派」ではなかったのだから、アメリカが再考したくなる気持ちが、分からないでもないが。
加えて、アメリカは一日も早く、キルクークの石油を国外に持ち出せる状況になること(輸出可能な状態になること)を望んでいるのであろう。そのためには、クルド人により大きな権限を与えたいと、アメリカは望んでいるのであろう。そうしたアメリカ側の思惑と、マリキー首相との考えの違いが、浮き彫りになり、今回の「拒否」となって現れたのであろう。