イラクの政治状況は、実に複雑になってきている。その複雑な状況を、どうマリキー首相がクリアし、国民をリードしていけるかが、問われている。
真っ先に問題なのは、アメリカ軍の撤退をどう実現するかであり、そのことによって発生することが懸念されている、イラク国内各派の武力衝突を、どう避けるかという問題であろう。
アラブ人の常で、自分の生活状態が悪いと、アラブ人の場合、以下のようなことを考える。
1:外国が搾取しているから自分たちには回ってこない。
2:独裁者が独占しているから自分たちには回ってこない。
3:わが国には何も無いから自分たちが取れるものがない。
現在のイラクの場合は1の例であろうか。アメリカ軍が占領支配し、イラクの富を奪っているから、自分たちには回ってこない、と考えている者がほとんどだ。そうなるといかにして、一日でも早くアメリカ軍を、撤退させるかということになる。
しかし、実際にアメリカ軍が現状のままで、撤退することになれば、イラク国内は分捕り合戦の、内戦状態に陥ることが予測される。イラク人の政治家たちが唱えている「イラク人だけで治安の維持が可能だ」という発言には、何の裏付けもないのだ。
だが、イラク国民の多くがそう考えている以上、マリキー首相としては、アメリカとイラク国民と世界に対し「アメリカ軍の早期撤退実現と、イラク人による治安の維持」を主張せざるを得ない。
もし、アメリカ軍が来年中に、駐留軍の大半を撤退させるとなれば、イラクは国内各派の対立衝突が、頻発するのではないかと思われる。スンニー派シーア派クルドと、イラク国民を三つに分け、それらの間で対立が起こっているのだから、三者による話し合いをすれば、武力衝突は避けられるだろうと考えがちだが、イラク国内の実情は、そんな容易な状態ではない。
スンニー派シーア派クルドそれぞれが、何十ものグループに分れ、対立しあっているのだ。したがって、スンニー派の代表的人物シーア派の代表的人物クルドの代表的人物が集まって話し合っても、らちがあかないということだ。まずは各グループ内部の、組織間の調整が必要であろう。
しかし、それは容易なことではない。これまでさんざんアラブ・イラクに締め付けられてきたクルド人社会でも、幾つもの組織が誕生し、いがみ合っているのだから。
イラク国内に、何十もの武力闘争組織や、政治組織が誕生しているのは、述べるまでもない、利害の対立によるものだ。その調整が困難であるとすれば、今後も状況には改善が見られないどころか、アメリカ軍の撤退は、自派の勢力拡大のチャンスと考え、イラク国内は混乱の度を強めよう。
懸念されるのは、そうした状態が続くなかで、イラクがアフガニスタンと同じような混乱に、陥って行くのではないかということだ「イラクのアフガン化現象」。そのような状態では、イラク中央政府は名ばかりとなり、国内統治がうまく出来なくなろう。そうなってしまったら、諸外国のイラクに対する善意の関与も、なんの成果も生み出さなくなるのではないか。