アメリカのイラクに対する軍事侵攻は、同じイスラム教徒のトルコ人を激怒させた。そのこともあり、トルコ政府はイラクに向かうアメリカ軍の、トルコ領土通過を、認めなかった。結果的に、トルコとアメリカとの関係は、冷却化していった。
世論調査の結果、トルコでは最も嫌いな国として、アメリカを挙げる者が非常に高い比率に達していたが、その後、バラク・オバマ大統領のトルコ訪問が 両国関係に本格的な雪解けをもたらしそうだ という期待が高まっていた。
バラク・オバマ大統領はトルコを訪問するにあたり、トルコとアルメニアとの間に横たわる、アルメニア人虐殺問題については深入りしないようにし、イスラム教徒と戦っているのではなく、アメリカが戦っているのは、テロリストだと宣言した。
バラク・オバマ大統領のこうした発言は、彼のトルコ訪問を大成功に導いた。しかし、バラク・オバマ大統領は4月24日、トルコによるアルメニア人大量虐殺は許せない行為だと語り、トルコ国民を再び激怒させている。
トルコはこれまで、アルメニア人を虐殺したのではなく、アナトリア地方でトルコとロシアが戦ったとき、ロシア側について戦ったアルメニア人が、30万人から50万人戦死したのだと説明していた。当然、この戦いの間にトルコ側にも、相当数の犠牲者が出ていることを、トルコは主張してきている。
トルコはこれまで、アルメニア人大量虐殺という問題を重視し、トルコ軍の軍人は、アルメニア人の生き証人から丹念に取材し、事実はどうであったのかについて、報告書をまとめている。
これまでに、世界中で幾つもの虐殺事件が、起こっているのであろう。ユダヤ人虐殺はロシアとドイツで起こり、アルメニア人によってトルコ人が行ったとして、アルメニア人大虐殺が主張され、日本人による南京大虐殺が中国によって主張され、カンボジアでも虐殺が起こっている。それほどの規模ではないが、レバノンのサブラとシャテーラ・パレスチナ難民キャンプでも、レバノンのファランジストによる虐殺が起こっている。
これらの虐殺が起こったことは、ほぼ間違いないだろうが、問題はその規模だ。時間の経過と共に犠牲者の数はどんどん増えて行き、ついには、そこにいた住民の数よりも、多くなっているというケースさえある。
人道にもとる行為である虐殺は、非難されてしかるべきことだが、同時にそれを受け止める側は、冷静に事実を捉えるべきであろう。
トルコのAKP (開発公正党)が与党になって以来、トルコはアルメニアとの正常な関係を構築すべく、努力してきている。その結果、トルコはアルメニアとの間に、アルメニア人虐殺事件を含め冷静に話し合っていくと共に、両国関係を正常化する方向に、進もうとしていた。それは、アルメニア側の意向でもあるようだ。
今回のバラク・オバマ大統領の、アルメニア人虐殺事件に対する発言は、トルコとアルメニアとの、今後の関係発展にとって、悪影響を与えるものであり、トルコにとってもアルメニアにとっても、決して歓迎すべきものではあるまい。
バラク・オバマ大統領は、在米アルメニア人団体に対する、リップ・サービスのつもりで、発言したのであったろうが、これはトルコ側からすれば、二枚舌外交ということになろう。バラク・オバマ大統領の発言はトルコ側に、きわめて強い不快感と不信感を、抱かせることになるのではないか。
そうしたニュースが流される一方で、トルコとシリアが合同軍事演習をしたということだ。これはトルコ陸軍とシリア陸軍とが、国境地帯で4月29日まで行っているものだが、アメリカ・シリア関係、イスラエル・シリア関係を考えたとき、実にデリケートな行動ではないか。
中東の各国はイギリスの二枚舌外交を、いまだに忘れていない.イギリスの外相バルフォア卿がユダヤ人に対し、1917年にユダヤ人の国家を樹立することを約束しながら、他方でアラブのオスマン帝国からの、解放を約束していたことだ。
現在のトルコ共和国の前身であるオスマン帝国は、結局、イギリスとフランスとが、オスマン帝国の領土分割を約束した、秘密の協定であるサイクス・ピコ協定に加え、このバルフォア卿の二枚舌外交によって、崩壊して行ったのだ。
それだけに、今回のバラク・オバマ大統領の発言に対する、トルコの反発は、アルメニア問題だけに限られた、簡単なものではない。もっと奥深い部分があるのだ。バラク・オバマ大統領は中東地域で、二枚舌を使うことのリスクを、どれほどご存知なのだろうか。あるいは彼の本性が、今回の発言で露見してしまったのであろうか。
もしそうだとすれば、今後、バラク・オバマ大統領は、彼の考えている中東対応のスピードを、早めるかもしれない。それが危険なものにならないことを、祈るばかりだ。