先日、イラク大使公邸で内輪の夕食会が開催された。その会は、訪日したイラク議会外交委員会のメンバーを、歓迎するものであった。何人かの外交委員と言葉を交わしたが、そのなかで最も興味深かったのは、シーア派の代表者との話だった。
それは、サウジアラビアのシーア派を代表する、シェイク・ネムル・バーキル・ネムルの発言をめぐるものだった。先日書いたように、ネムル氏はサウジアラビアのシーア派が弾圧を受けていることから、分離独立も辞さないという内容の、発言をしていることだ。
この発言はきわめて危険なものであるだけに、真偽のほどを聞きたかったのだ。イランの後ろ盾無しには、シェイク・ネムル・バーキル・ネムルがそのような発言をするはずがない、イランはサウジアラビアの内政にも、関与しようと思っているのか、といった質問を向けてみた。
イラク・シーア派の外交委員は、シェイク・ネムル・バーキル・ネムルのことを、よく知っていると冒頭で語り、彼とはイランのクムの神学校で、同窓だったと語った。その上で彼は、シェイク・ネムル・バーキル・ネムルについて、極めてナショナリスチックな人物であり、レバノンもファドルッラー師と似たような、性向にあると語っていた。
イランの指示で動いているのではない、とも付け加えた。それどころか、シェイク・ネムル・バキ-ル・ネムルは、サウジアラビアのアブドッラー国王とも、意見を交換している関係にあるとも語っていた。
さてこのイラク・シーア派の議員の語ることは、何を意味しているのだろうか。サウジアラビアのシーア派のリーダーも、レバノンのシーア派のリーダーも、それぞれナショナリスチックな人物であり、イランからの指示に盲目的に、従っているのではないということのようだ。
それは当然であろう。しかし、二人のシーア派のリーダーたちは、それぞれの自国の政府に対する影響力を、強めようと思っていることは確かだ。レバノンのヘズブラはすでに、レバノ政治世界にあって大きな発言力を、持つに至っている。
サウジアラビアのシーア派も、現状では政府が無視したり、限度を超えた弾圧は、かけにくくなっているのではないか。つまり、程度の差はあるものの、シーア派の存在が強化され、目立ってきているということだ。
サウジアラビアはつい最近まで、シーア派のイスラム教はイスラム教ではない、とまで差別していたことを思い起こすと、現在のシーア派に対する対応は、雲泥の差があると言えるのではないか。
こうしたアラブ世界における、シーア派に対する対応の変化は、アラブのシーア派のリーダーたちが、イランの指図通りに動かないとしても、結果的にイランを利することになるのではないか。そうでなかったら、イランはアラブのシーア派に対する支援をするはずがない。
イランはイラクのシーア派やレバノンのシーア派、サウジアラビアのシーア派などに対する、支援を継続することにより、次第にこれらの国々に対する、影響力干渉力を強化していきそうだ。
同時に、イランはその他のアラブ諸国については、イスラム原理主義者たちを支援することによって、影響力を及ぼしていこうと、考えているのではないか。そう考えると、親米派のアラブの国々の体制が、不安定化するなかで、今後イランの存在感は、増していくことが予測されるのだが。