繁栄は昔日の夢かドバイの昨今

2009年2月13日

 アラブ首長国連邦の一角を占めるドバイは、石油を生産しない首長国ではあるが、経済産業政策が成功し、香港の中国への返還以来、世界金融の拠点の一つになるとされてきた。

 そうしたことから、ドバイは世界の航空会社の乗り入れや、豪華ホテルの設立、金融会社の呼び込みを積極的に進め、世界の高級レストラン、ブランドの店舗が並ぶ国になった。

 アルコールが飲め、通信は一切規制しない、しかも夜のサービスまでも可能な、湾岸地域の中では、例外的な場所となった。したがって、世界中の企業がドバイに支店を開設し、企業によっては、ドバイを本社の所在地にまでしたほどだ。

 ドバイに行ってみると、そこがまるで新装のニューヨークのような、イメージにびっくりする。高級外車が並び、高層建築が林立しているからだ。世界中から一獲千金を夢見る、能力の高いビジネスマンが集まりもしていた。

 しかし、アメリカではじまった金融恐慌は、このドバイを蜃気楼のように消し去りかけている。ドバイをはじめ、アラブ諸国なかでも湾岸諸国では、不渡りを出すと、その支払いが完了するまで、留置所に入れられるという、厳しい処置が待っている。

 株で損失を出したり、会社を倒産させた外人ビジネスマンたちは、それまで住んでいた高級マンションを放置し、高級自家用車をドバイの空港駐車場に放置したまま、国外に逃げ出しているということだ。

 成功組ばかりではない。これまで肉体労働に従事してきたインド、パキスタン、スリランカなどからの出稼ぎ者も、同じように職を失い、手持ちの金で出国せざるを得なくなっている。

 このドバイの惨状は、湾岸の他の国の中でも、規模の違いはあれ、始まっているようだ。クウエイト、バハレーンなどでは、その兆候が既に出ている。多くの識者は、これが恐慌の始まりであり、世界の恐慌はこれから、本格的になっていくと予測している。

 産油諸国は白いローブのような服と、頭に冠る布、そして大金持ち、というイメージはここにきて、全くそのイメージを変えようとしている。日本からも数は多くないが、湾岸に第二の人生をかけて出て行った、勇敢なビジネスマンがいた。彼らは今後、どうするのだろうか。もちろん、日本政府が彼らに手を差し伸べることなどあるまい。日本国内も経済恐慌に、突入しているのだから。