ギュル大統領はアルメニア人虐殺問題討議を容認

2008年12月21日

 

 トルコのエルドアン首相は、トルコのインテリ層の一部が始めた、アルメニア人虐殺問題についての行動を、批判的に受け止め、謝罪の意思がいまの段階では証拠不十分として、ないことを宣言したという話は、すでにご報告した。

 これでは実も蓋もない、といわれそうなのだが、トルコはさすがに、歴史のある国だけのことはある、

 ギュル大統領がエルドアン首相の発言を受けた形で、「トルコ社会がアルメニア問題について話し合うようになったのは、トルコ社会が成熟してきたからだ、」と語り、1915年のアルメニア人虐殺問題を、オープンに話し合い、事実を確認し、謝罪するのなら謝罪し、主張する部分があれば主張する、という方向に向かいだすようだ。

 ただ、トルコのある新聞は、虐殺を認めることは、それに対する賠償が伴うことを、国民は忘れている、と厳しい批判をしている。

 日本人の人道家や左派の人たちもそうだが、国際関係では「ゴメンナサイ」だけでは済まされないのだ。

 罪を認めることは、金を出す覚悟のうえのはずなのだが。それ無しの謝罪は、ないのだということを、トルコの新聞は早い段階で明確にしている。日本の新聞は、そうした国民へのアドバイスをしたのだろうか。